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入試前夜①


「……まず、俺を入試の試験官にしろ」



 ロゴスは繰り返した。



「……ほう」



 校長は少し間をおいて



「いいだろう。歓迎しよう」



 さらに、とロゴスは言う。


「もう一つ条件がある」


「……注文が多いことだ」


「こちらは実質、あんたの犬になることを了解するんだ。主食に前菜やデザートを足しても良いだろう」


「……ふん。よかろう、話は聞こう」



 ロゴスは続けた。


ツルギがもし、俺が受け持つ試験を通過したら……ここで話したこと、締結した取り決め、一切ナシだ」


「……君が取り仕切る試験を、君の教え子が通過したら、約束はナシだと?こちらが本気でそんな条件を呑むと思っているのかね?」


「それはつまり、俺が教えツルギのために試験を甘くするかもしれない、と?」


「当然の危惧だ」


「舐められたものだな……逆に聞くぞ。これから雇おうとする男をそこまで見くびっているのか?」



 本当で思っているところだが、イヴァンは敢えて、演じるように語気を強めた。



 しかしそこは、老練な副学院長。



「強く出れば、こちらが折れるとでも?」


「……どうかな。ところであんたのやってる後ろ暗い仕事全般、学院長は知ってるのかな」



 明らかに副学院長の表情が険しくなった。


 ロゴスにとっても、交渉の切り札だった。


「貴……様……」


「俺が教え子たちに自分の過去がバレるのと、あんたの所業が世間様に知れ渡るのと、どちらがより影響が大きいかな?」


「……脅しがうまいな。破落戸ゴロツキめ」


「俺は、どちらにとってもただ有益な選択肢を提示しただけだ。俺の試験を門下生ツルギが乗り越えれば、何もなし。反対に俺の試験を俺の門下生が乗り越えることができなければ、それはすべて俺の落ち度。その時はあんたの犬にでも何でも成り下がろう」



 ロゴスは念を押してもう一度言う。


「一つの道場を受け持つ身である以前に、俺は一介の剣士だ。試験とはいえ剣士と剣士の真剣な斬り合いで、手を抜いたり甘やかしたりするような真似はしない」



 

 沈黙。時が流れる。



 部屋の空気は停滞したまま、殺伐とした腹の読みあいが続いていた。





「良かろう。全て了承した。今日は帰って結構」



 ロゴスはそれだけ聞き取ると、あとは何も言わず副学院長に背を向け、部屋を出る。


 部屋の出口に控えていたルタンの舐めまわすような不快な視線を受け取った以外は、何事もなく部屋を出た。




 

~~◇~~◇~~




 廊下で、ブレンとすれ違った。



「あ……、おは、」



 挨拶しようとすると、ブレンに素通りされた。




 ここ最近、ずーっと、こうだ。




 明日はいよいよ、剣術学院アルバトロスの入試。



 を、控えているというのに、二人の仲は犬猿のまま。



 ただ、仕方ないかなと納得する気持ちもあった。



 あの闘いから日が随分経っている。


 それでも、二人の中で闘いが終わったわけではないのだ。


 特にブレンはまだそうだろう。


 ツルギだって、また闘うことになる、とは分かっていた。



 ブレンはきっと、何より勝負にこだわる男なのだと思う。



 ツルギも正直同じだ。


 ブレンは己の強さ、ツルギは己の弱さが起因で、勝負にこだわっている。



 ブレンは今、ツルギと言葉を交わせば、勝負に拘る意欲を失くす馴れ合いになる、と無意識に嫌悪し、それを避けているのかもしれない。



 それならばと、ツルギも仕方ないからブレンに背を見せて去る。



 その背に、気のせいか、



「次は、絶対に勝つ……」



 というブレンの呟きが、聞こえた。






 イヴァン、レトナ、ジェス。


 翔火尊塾しょうかそんじゅくの門下生たちが集う。


 ブレンはいない。イヴァンによると、部屋で瞑想をしているとのこと。

 入試を明日に控え、精神統一しているのだろう。




 翔火尊塾最後の集合ミーティングだ。

 


 師範のロゴスが、道場に現れる。



 みんなを見て、一言だけ言った。




「みんな、ここまでよく頑張った。明日の試験は、言うまでもないがほぼ全て実戦形式だ。怪我はしても死にはするなよ。そしてここから『アルバトロス』までの道程を書いた地図だ。当日、参考にするように。以上」



「ちょ、ちょっと待てよ!そんだけかよ!」



 とイヴァン。



「必要なことは全部話した」


「いや、地図、って、あんた明日おれたちといかないのかよ!」


「急用が入り、これからと試験中もお前たちに付き添うことができない状況だ。すまない」



 ちょっと道場生全員が面食らった。



「はあ?急用?門下生の一世一代大事な入試を差し置いて、一体何がそんなに急用だっていうんだよ」


「すまない」


「……まったく、師範が引率しねえなんて聞いたことねえぜ」


「すまない」


「ま、まあさ!」


 不服そうに口をとがらせるイヴァンに、ツルギが口を挟む。


「ロゴス。あんたに絶対、アルバトロスの入学証明書を見せて帰ってくるから!期待しててくれ!」



 ツルギは白い歯を見せながら続ける。



「勝つとる、だよな!」



 ロゴスが、フッと笑ったような気がした。



「な?!おい、何だよ勝つとるって!俺なんも聞いてねーぞ!」



 イヴァンがツルギを問い詰める。


 

「新入り!てめえなんか聞いてんだな!?」


「どわわわわ!」



 胸ぐらをつかんでゆさゆさ。


 それをレトナとジェスが止める。





 愉快な、日常の風景だった。


 これで安心して、




 彼らを、敵に回せる。


ロゴスはそう思った。



いや、単なる試験官になるのだから、敵というのは少々大げさな話なのかもしれない。



それでも、ともすれば彼らの夢を奪う形になるのかもしれないのだ。



この風景を、しばし焼き付けていたかった。




 後ろ髪をひかれるような余韻を引きずりながら、ロゴスは、門下生たちに背を向けて道場を出た。

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