それぞれの刃圏魔術(ブレイドエフェクト)
「ところで、みんなの刃圏魔術って、どんなんだ?」
ツルギは言う。
すごい気になっていたことだ。
「おうおう新入り。先輩の刃圏魔術をタダで見せてもらおうなんて」
「いやあんたのは見た」
「…………生意気だぞ新入りィィィィ!」
事実を言っただけなのにキレられた。
理不尽な、道場内の先輩後輩上下関係である。
「はいはい、イヴァンは地面から樹を生やす力です」
「手短にまとめんなレトナ!」
「ちなみに、わたしの刃圏魔術は『光』。この世で最も尊い力なんですよ♪」
レトナが剣を抜いた。
そして白刃が、光を放つ。
ものすごく清らかな、観る者を包み込むような光の色だった。
「~~~~ッッ、ハッッッッ!!!!」
剣の先が、唸りを上げて、
光の渦を放った。
一発の光条となって、目の前の空間を削り取っていった。
ツルギの元いた世界の漫画表現とかで言うと、「剣からビームが出た」って感じだ。
「フフフン!どーですか?」
エッヘン、って感じで胸を張りだした。
小ぶりな胸に正直情欲をそそられてしまう。
が慌てて鼻の下を隠す。
「バレバレですよ?どこ見てるか」
バレてた。
「さらにですね、この光の剣……仲間をアシストすることもできます」
レトナが剣を掲げ、再びの刃圏魔術。
剣が光る。
そして、隣にいたイヴァンも、自らの刃圏魔術を行使した。
イヴァンの剣が地面に突き刺さり、そして極太の根が隆起した。
おそらく、レトナの『光』を浴びて、大きくパワーアップしている。
これがレトナの言う仲間を支援する効力のことだろう。
そして!
その根が、ツルギに襲いかかってきた。
「オラオラオラ!避けろハハッー!」
「どわわわうおおおっ!?」
「はい中止!」
レトナがツルギを追い回すイヴァンのケツに剣を突き刺した。
「ゲラッフウ!!?」
「まったくどーしていつまでも新人いびりとかダサいことしてるんですか!?」
「お前はなんでいつも尻に真剣刺してくるんだ……!痛ててっ!」
それよりツルギは尻に真剣をさされて「痛ててっ」のみで終わるイヴァンもすごいと思った。
痛みどころの騒ぎじゃない痛みだと思うのだが……。
出血気味な尻を抱えたイヴァンを尻目に、いや、別にシャレを言ってるわけではないのだが、
「そういえばジェスの刃圏魔術って?」
と、疑問の声が上がった。
言ったのはツルギではなかった。ジェスと同じ門下生である、レトナであった。
「そーいえば俺も見たことないぜ」
イヴァンも言った。
続いてジェス。
「あれ、そうだったっけ?」
「そーだよ、異論ねえよ」
「少なくとも半年はジェスと一緒にいるはずなんですけど、刃圏魔術全然見たことないですねー」
ジェスは半年前にここに来たのか。
それにしても同じ門下生に技を見られたことがないというのは、不思議だ。
「あはは……僕の刃圏魔術、結構体力の消耗が激しいから……ほら、体こんなんだし……だから、力をそんなに見せられないんだよね……」
ジェスはふへへと笑う。確かに彼は、見た感じ剣術をやるようには思えないほど、ひ弱そうなのだ。
単なる外見からしたら、素人に毛が生えた程度のツルギよりも、弱そうに見えるだろう。
そんな彼が剣を持つ理由は何か。
ツルギは興味が湧いて聞いてみたくなったが、話の流れが変わる。
「そんでも、コイツの指導くらいできるだろ」
そう言って、イヴァンはツルギを指さして、ジェスに言う。
「ええっ」
「ええっ、じゃねえよ、自分の技は見せられませんってなら、入ったばかりの新入りに暗い親切に教えてやれよ」
「イヴァン~~。またそう言って人に仕事を押し付けようとする」
レトナがジェスに代わって、口をとんがらせて言う。
「押し付けてねえよ、効率化だよ。適材適所。自分が目立たねえ奴は、概して俯瞰していろんなこと見てるから、教えるのとかに適してるもんなんだよ」
なんか正論めいたことを言う。
「そー言われると……」
「んじゃ頼むぜ、ジェス」
「ええ!ボク人に教えたことなんてないよ」
「俺だってそんな経験ねえよ。やったことねえからやる意義があるんじゃねえか。じゃ、俺たちはチョイと飯行ってくるぜ。任したぜ」
「いい経験かあ~。ま、そう言われると……」
ジェスは妙に得心が言ったかのように、
その場を離脱するイヴァンとレトナを見逃す。
(てか何でレトナまで離脱するのかは不明。女心はつくづくわからない)
「レト、昼飯は麓の街で摂ろうぜ」
「ごめんなさいアタシ食事基本一人で摂る趣向なので」
「……」
ケツから微妙に血がしたたり落ちてるイヴァンを尻目に、ツルギはジェスに視線を向ける。
「じゃあ……始めようか」
正直、舐めていた。
そこから先のジェスの調練は、本当に、過酷すぎて吐くくらいだった。
適材適所どころかなんかどこか違うスイッチが覚醒したんじゃないか……。
と、なんかスッキリしたような表情を見せるジェスの顔を見て、ツルギはクタクタになって思うのであった。
部屋は、美麗な剣で彩られていた。
それはどれも値が張るどころの騒ぎではないくらいの価値があり、大半がその実際の機能よりも柄や柄にかかる装飾部分に値が張っていた。
実利よりも勝る装飾への支出を許すこの部屋の持ち主は、『副学院長』の肩書を持つ。
剣術学院アルバトロス、その副学院長の部屋。
ロゴスは一歩、その普段自分がいる空間とは違う世界に、足を踏み入れる。
入口に入った瞬間、異質な空気を悟った。
誰かいる。
その全身黒に禿頭、なにやら不思議な文様の入れ墨を取り入れている男は、刀を担いで、その場にたたずんでいた。
「血奔り・ルタン……」
そして、前方から声がする。
「ほほう。彼の名を知っていたのかね。さすがは高名な剣客、同業者の知識は頭にちゃんと入ってるというわけか」
剣術学院アルバトロスの、副学院長。
彼自身も昔は強い剣士だったという。昔は。
今では、昔日を忍ばせる部分は全くないに等しいが。でっぷりと脂ののってそうな下腹しか見えない。
今この場には三人。
ロゴス、副学院長、そして入り口にいる剣士、血奔り・ルタン。
さっきの副学院長の台詞を、ロゴスは反芻する。
『同業者の知識』……。
ロゴスとルタンでは、全く性質が違う。
辻々で人を斬り殺し続けてきた血生臭い臭気を放つこいつとは、絶対に。
『同業者』と呼ばれたことへの不快感を、ロゴスは眉根を寄せながらしゃべることで示す。
「……驚いた。お尋ね者を飼っているのか」
「まあ、世の中にはいろいろな事情というものがある。ここに現れているのはその一端に過ぎないよ」
「そんな後ろ暗い事情を抱えているのか。仮にも前途ある子どもたちに剣術を教えるこの学院が」
「君にも口を噤む過去の一つ二つあるだろう?その前途ある子どもたちに知られたくないことが」
ロゴスの脳裏に。翔火尊塾の門下生たちの顔が浮かぶ。
そして以前は、上意を受けて路地裏で人を切り殺していた過去を。
二つの重ならない光景が、その矛盾が今でもロゴスを苦しめている。
それを搔き消すように、ロゴスは無理やり声を絞り出す。
「……要件はなんだ」
「前にも打診したが……ここで働かないかね。講師として」
「断る。前にも言った」
ロゴスは踵を返す。
副学院長の打診の意味は分かっていた。
単なる講師の打診ではない。向こうが求めていることは副学院長の私兵になることへの了承だ。
「そうか。分かった。ではこうしよう。ここに、聖剣筆を持った少年が受けに来るだろう?」
「どこからその情報を……!」
「これでも情報の網には自信があるよ。肝心なのはここからだ」
副学院長が言った。
「彼の受験を認めない」
「何……!」
ツルギの受験を、認めない。
俺がここで、この副学院長の私兵になることを受け入れなければ。
「まあ仕方ないだろう?アレはペンなのだから。アレを持つ者は剣士ではない。だから入学を認める道理はない」
もっともだ。
だが、ロゴスが副学院長の頼みを引き受ければ、風に吹き飛ばされるような道理だろう。
「……!」
「どうだね?私の頼みを快諾してもらうか、前途ある若者の、その前途を断つか」
副学院長は決して楽しんでいる様子はなく。
ただ淡々と、二択を迫る。
だからロゴスは。
幾千の迷いと志向を瞬時に頭の中で展開させて、次の回答を導いた。
「解った。まず俺を入試の試験官にしろ」
そしてこう言った。
「……どうせなら、俺自らの手で彼を落とす」