勝つと悟(し)る②
寸でで、顎を上げて躱されていた。
っ……!
と、躊躇う時間は、
腹を殴られる痛みで終わった。
「っ……!」
ツルギの腹に、ブレンの拳がめり込んでいた。
蹴り。
バヒュンッッ!!
ツルギの体は吹っ飛んだ。
ブレンの廻し蹴りが、ツルギを屠ったのだった。
剣術のみならず体術まで。
翔火尊塾最強のこの男に、死角はなかった。
ツルギはボロボロだ。
それでも、聖剣筆は離さなかった。
「いい根性だ」
ブレンが、間合いを一気に詰めてくる。
ブレンの剣。
稲妻を帯びていて、速い。速すぎる。
ツルギの剣も応戦する。
右に、左に打ち返す。
だが。
嘲笑わうかのように、ブレンの剣がツルギの剣を全て叩き落し、さらにそこに納まりきらぬ剣閃が、ツルギの体を刻んでいった。
雷を纏った剣がツルギの肉を抉り裂く。
痛みが、ツルギの体を灼いた。
さっきの黒焦げどころの話ではない。血まみれだ。
「……その状態で、まだ向かってくるなら、止めはしない」
ブレンが言った。これは暗に、「もう諦めてペン剣を渡せ」と言っているようなものであった。
目の前にブレン。構えには一分の隙も無い。
何度斬りかかっても打ち返される。
当たり前であった。道場最強のブレンと素人に毛が生えた程度のツルギでは、地力が違いすぎるのだ。
つまり、普通に打ちかかっても勝ち目がない。
ならば。
逆転の秘策は一つしかない。
ただの一撃、それに賭けるしか……。
秘策。
それはツルギの刃圏魔術。
イヴァン戦では彼相手に不発に終わったが、これが決まれば、一発逆転は果たされるはずだ。
逆に、悲壮感がツルギを覆う。
もしこれが決まらなければ。
ツルギの刃圏魔術は、自爆覚悟の一撃なのだ。
躱されたりいなされたりしたら終わりだ。
俺は、負ける……。
負ける。
俺は負けるのか。
ツルギの心の中で、葛藤が駆ける。
昔から、こういう勝負事は苦手だった。
じゃんけんも、友達の家でやる格闘ゲームも、体育の時間の柔道の時間の試合も、
よく、負けてきたと思う。
……俺は、また負けるのか。
ブレンが剣を構えている。
足を踏み出している。
こちらに来る。
……俺は、負けるのか。
ここでの負けは、今までの負けとは違う。
相手は真剣だ。
ツルギから聖剣筆を奪うためなら、どんな手段でも使うつもりだ。
聖剣筆。
そうだ、聖剣筆だ。
ツルギは手元の剣に視線を落として言う。
師匠のダルキオが、死ぬ直前にツルギに託し、そして「君なら最強になれる」と言ってくれて託した剣。
ほかでもない師匠の死因は、自分だ。俺をならず者たちの凶刃から守るために、死んだのだ。
師匠一人なら、血路を開いて一人で脱出できたはずだ。
あの時、俺が師匠の後ろにいたから。
師匠は、腰が砕けて動けなくなった俺を守るために、その場にとどまり。
矢の斉射を浴びて、死んだ。
そうまでして託してくれた剣なのだ。
だから誰にも渡したくなかった。
誰にも譲れなかった。
今の子の乱戦の最中でも、ツルギは絶対にこの剣を手放そうとしなかった。
だからかこの剣も、何度離れてもツルギの手に、再び戻る。
それなのに。
俺が、負ける……?
心の中で反芻される弱気は、次第に疑問の声へ変わっていく。
そうだ。
この剣は俺とともにある。
負ければ剣を奪われる。
けれど、この剣は俺の手を絶対にはなれない。
なら。
俺が負けることなんてあるのか?
ツルギは固く確信する。
俺は、負けない……!
この剣とともに、勝つ。
力んでいるわけじゃない。
自然と、そんな体感に包まれた。
勝つと悟る。
そうか、これが。
そういうことなのか……!