勝つと悟(し)る
「お前に、一つ話がある」
ロゴスはツルギに言った。
「翔火尊塾にお前を入れる」
その言葉は。
ツルギにとって、衝撃的な事実だったに違いない。
……が、空腹だった彼にとって、目の前のパンにかぶりつくことが重大事だった。
「……聞いてないな」
ロゴスは瞬時に見抜いた。これでも剣を教えているのだ、そういうことには敏感だ。
……。
「はふはふ、あんがと、んもう死にそうだった」
「……」
やっぱか。
そこでロゴスは、話題の向きを変えることにした。
「もう一つ、お前に教えてやろう。…………今日、イヴァンに敗北した理由」
ツルギの耳がピクっと動く。
ちょうど彼の手のひらに納まるパンが、一かけらくらいになったところであった。
「……地力はイヴァンの方が上だが、お前も決して競り負けていたわけではなかった。勝機はあったわけだ。……いや、実際にはあった。それをフイにした。何のことを言っているかわかるな?」
ツルギには、もちろんわかる。
あの刃圏魔術を発動した瞬間。
ツルギの頭の中に刃圏魔術という言葉というか概念はないのだが、あの時自分が剣から魔法みたいなやつを発動させた、という認識はある。
自分はその発動に失敗し、自爆した。
ロゴスはその点を指摘する。
抉るように。
「世界一の剣士になりたいと、この道場に踏み込んでくる大胆さとは裏腹に、……お前はそんな行動をとる自分自身の力を信じ切っていない」
「言おう。お前が負けたのは、お前の心の弱さが原因だ」
そのもの全てを、ロゴスは言い当てた。
「だから、踏み込みを違えた。ありえない時機で起爆して、敗北した」
ツルギは何も言えない。
「……強くなるには、信じることだ。自分が必ず勝つと。そして信じる以上に、悟ることだ。自分が、必ず勝つと」
最後に観念的な言葉を残して、一旦言葉を切る。
「勝つと……信じる……悟る……」
そうだった。
俺は、世界最強を、大きな夢を掲げながら、
その実、ずっと見ていたのは、昨日までの無力な自分だった。
未来に生きる、自分の姿ではなかった。
自分は必ず勝つと信じる……悟る…………。
「そうだ。俺は弱くはない。強い。絶対に勝つ。それが当たり前だ……こんな風に、自分に言えるかどうか。それで結果はすでに出ている」
ロゴスは言う。
それにツルギは、
「ああ……そうだな。そうだ」
納得の意志を示し頷く。
ロゴスは、次にツルギの持つ剣を指さして言う。
「お前のその得物は、確かに外観はペンだ。しかし、それを最強の剣だと信じ続け、悟るレベルにまで落とし込む必要がある。いいか……それはただのペンではない。お前がそれを結局、ただのペンだと思えば、勝機を常に逃すことになる」
それにツルギは、
「はあ?何言ってんだ?」
……と、一切納得してない風な表情で言った。
「これは剣だぞ。どっからどう見ても、最強の剣じゃんか」
ツルギは、ペンを……剣を見せて、そう言った。
「……これは俺の師匠が譲ってくれた、世界最強の剣だ。それに疑いなんてない。……今まで信じ切れなかったのは、それを扱う俺自身。それに俺がふさわしいかどうかってことだったんだ」
柄に目を落とすツルギ。
ロゴスはそれを見て、口元がほころんだ。
そうか。そこは、人からいくらペンだ、ペンだ、と言われても、信じていることだったのか。
なら、大丈夫だ。
時期にその最強の剣にふさわしい剣士になる。
と、お前なら悟ることができるだろう。
ロゴスは、背を向けた。
ちょっとだけ振り返ると、ツルギは拳をグッと握りしめてて、力がみなぎっているようだった。
ロゴスはそのまま、背を向けて歩き出す。道場へ帰るのだ。
ちなみに、そのペン……いや、剣は。
ロゴスの師匠のものだった。
剣聖ダルキオ。
彼は、この聖剣筆を、この少年に託したというわけか。
あとは、その真の継承者が誰かを決めるだけ、だ。
ツルギからは見えない場所、その岩陰から、人が現れた。
ブレンだ。
「帰ってたのか」
「気づいてたくせに」
そう言って、ブレンはふっと笑った。
「あれが聖剣筆、ですか?」
「ここからでも見えるのか?夜目が効くな。ああ、そうだ」
「へえ……あれが、最強の剣」
ブレンが、唇を舐めた。
「…………その側にいるのが、ツルギという少年だ。聖剣筆を持っていた。鍛錬を積ませれば、いずれ相応しい剣士になるだろう」
「今、奪ってもいいですか?」
ブレンの言葉と同時に、冷たい夜風がヒュッと吹いた。
「いや、待て、彼はまだ」
「どうせ継承を争わせる気だったくせに」
ブレンがほくそ笑む。
「……」
「あなたは、あの伝説の剣を自分が譲り受けられなかったことを、深く悔やんでいる。ボクを見込んで育てたのも、いつかそれが現れたときのために、自分の夢を託すためでしょ?」
「違う、俺は過去を悔やんでなどいない……」
「どっちでもいいですけど、そんな力を目の前にして、舌なめずりだけして終わるわけにはいきません」
ブレンが前を歩く。
「剣の世界で頂点へのぼりつめるために……ボクはあの剣を手に入れる必要がある」
背中がすれ違っていく。
ロゴスは、それでも追いすがるように声をかける。
「待て、今は」
「僕は行きます」
ブレンははっきりという。
「今、聖剣筆が一番必要なのは、このボクだ」
そのままツルギのもとへ歩いていくブレンを、
ロゴスは、腕ずくで止めることができなかった。
~~~◇~~~◇~~~
パンをかじり終わった直後だった。
ぐーきゅるる。
ヤバい、まだお腹は空いている。
行動を起こさねば。
飢え死にだ。
……と思うも、やっぱりお腹が減りすぎて動けない。
「かは……ぐは」
行動しようにも身動き取れなくなったツルギのもとに、
パンが一個、転がってきた。
「どうぞ」
声の主に目を向けることなく、ツルギは「いいのか!ありがとう!」と興奮してパンにむしゃぶりつく。
「すごく食べるねえ」
声の主は微笑みながらそう言う。
ツルギはここで初めて相手の顔を見る。
優しげな顔をした美男子だ。
美男子は微笑を崩さずに言う。
「……見返りがほしいわけじゃないんだけど、一つ、頼み事していいかい?」
もぐもぐ。
ツルギはパンを頬張りながら頷く。
このパンを恵んでもらったのだ。ツルギは火の中水の中にでも飛び込むつもりだ。
美男子の口が開いた。
「そのペン……いや、最強の剣、ボクにくれないかな?」
ツルギは即答した。
「断る」