女子高生が手首を拾う話
自殺表現や少しだけグロ表現があります。
明るい話ですが、前提が万人うけするものではありません。
女子高生が手首を拾う話
私の家のすぐそばに踏切があるの。
結構小さい踏切なんだけどね。近くまで家が密集してて、よく子供がその周りで遊んでるから危ないって言われている。
私の家はその踏切のすぐ隣。
築15年って言ってたかな?私が生まれたすぐ後に建てたんだって。
白い壁に茶色い屋根。ありがちだけどなかなか可愛らしい見た目をしてると思う。階段を登って玄関がある作りだから、庭はないけどその階段の前に小さな門もある。
家を出て、門をくぐって、すぐ左に曲がって、踏切を越えて学校に行く。学校はすぐ近くの女子高。
毎朝毎朝踏切を渡るんだけど、この踏切が面倒でね。
よく自殺者が出るの。
朝ならまだいいんだけどね。だって遅刻しても言い訳できるし。
でも帰りはダメ。部活を終えてクタクタで、早く家に帰ってテレビ見たーい!っていうときに限って通行止め。
そうなったらほんと困っちゃう。駅員さんが線路の周りをキョロキョロしてるのをじーっと眺めながら、違う道で帰るかどうかを考えるの。
違う道で帰るのは本当に遠回りなの。10分で帰れる道が、50分もかかっちゃう。
あーあ、なんでこんな面倒なところに家建てたんだろうって、少しだけ両親を責めたくなる。
今日もそうだった。
部活で何気なくしたことが先生の癇に障ったみたいで、すっごく怒られた。数学担当の先生だからか理屈っぽくて、話を聞いてるだけで疲れちゃった。しかも学校を出たら楽しみにしてた番組の開始時間を過ぎてたし。
やってらんないなーって、友達と文句言い合いながら踏切の前まで来たらまーたあれ。
駅員さんがバケツとトングみたいなの持って線路の上をうろうろしてた。
でも時間が結構経った後みたいで、もう撤収するところだったから、近くのガードレールにもたれかかりながらゲームしてた。
10分くらい待ったかな?
何度か見たことのあるお兄さんに、もう通ってもいいよーって言われて家に帰ったの。
踏切を渡って、門をくぐった。
そしたらね、門のすぐ内側。私が小学生の時、学校で朝顔育てるのに使ってた古い植木鉢のすぐ隣。
手首が落ちてた。
右手。しかも多分男の人のもの。
私の手より2まわりくらい大きくて、少し筋っぽかった。それが3センチくらいかな、手首のところでちぎれたみたいになってた。切断面はもう乾いてて、赤黒かった。骨とかは見えなかった。
私、思わず触っちゃった。
そうしたらね、すごいの!
まだあったかくて、というかまだ生きてて、とくとくって脈打ってた。
大丈夫?お腹空いたの?
って聞いたら擦り寄るみたいに私の足に触れて来た。
なんだか可愛くなっちゃって。うちくる?ってきいたら、私の足首をぎゅーって掴んできたの。
「おかあさーん!おかあさーん!!手首拾ったー!!」
その子を胸の前で抱きしめながら、家の中に駆け込んだ。
そこからは結構大変だった。
お母さんは最初野良の手首を飼うことを嫌がったし。ご飯は何をあげたらいいかわからなかった。
結局ドックフードを美味しそうに食べてたけど。
お父さんは協力してくれて、手首の寝床を作るの手伝ってくれたの。お母さんも最後には私よりも手首のことを可愛がってて、勝手に高級ドックフードあげてたりした。
手首ったら外に出るのをとても嫌がってたから、散歩をする必要がなくてそれはそれで楽チンだったし。全然手がかからないの。
それに私にすごい懐いてくれた。
夜中になると私のベットの上に入ってきて、私の首に擦り寄りながら寝るの。ダメよ、って言って手首の寝床に戻すんだけど、何度も何度も登ってきた。可愛くって仕方なかったけど、躾は大切だから、涙を飲んで寝床に戻したわ。
▼▼▼
ある日の朝、また誰かが飛び込んだらしい。
その日は休日だったから、私は自分の部屋で手首と一緒に遊んでた。
手首は器用に指だけで部屋中を動き回ってて、私はたまに手首を捕まえて指を絡ませて遊んだりしてた。なんだか手首は思春期みたいで、私がくっつこうとすると恥ずかしがってどこかに逃げようとするの。
「てくび〜、ほらおいで」
本棚の下に逃げ込んだ手首に指を伸ばすんだけど、ふるふる震えるだけでこっちには来てくれない。
もう、なんて言いながら無理やり手首を掴んだりしてたら、突然友達が訪ねて来た。
由美禍ちゃん。
委員会が一緒で、同じクラスになったことはないけどすごく仲良しなの。その由美禍ちゃんがスーパーのビニール袋を持って、私の家に訪ねて来た。
私は捕まえた手首を腕に抱きかかえながら、私の部屋で由美禍ちゃんを迎えた。
「今日はどうしたの?」
「あのね、さっきすぐそこの踏切でね、わたし、拾っちゃったの」
「え!?手首?」
「ううん、ちがうわ。もっと大きいの。ほら、あなた手首を飼ってるって言ってたでしょう。もしかしたらその手首と知り合いかしらと思って連れて来たんだけど」
そう言って由美禍ちゃんはビニール袋から生首を取り出した。
「うわーすごい!成人男性かなぁ。とっても大きいのね。ああ、でもちょっと汚れてるわ。かわいそうに」
「手首はこの子知らない?電柱の周りをふわふわしてたんだけど」
生首は黒髪の男の人だった。ちょっと片目が飛び出しかけてて、少し気持ち悪い。無表情でぎょろぎょろと目玉だけが動いていた。
ジロッと目玉に睨まれた手首は、びくっと一度震えて私の服の中に入ってくる。ガタガタと震える手首は爪の色が少し悪くなっていた。
「ごめんなさい。手首の友達じゃないみたい。少し怖がってるわ」
「そう・・・残念ね。友達がいたらこの子も寂しくないと思ったんだけど」
「その子は大人みたいだし、しばらくは1人でも平気よ。きっと」
「そうね。でもどうしようかしら。私、生首を育てるのは初めてなの。どう、手首を育てるのは難しい?」
「うーん、生首とは勝手が違うと思うんだけど・・・。まあ、手首は育てやすいわ。大人しくて、少し怖がりだけど従順だし」
「そうなのね。でも生首は少し凶暴そうだわ」
「気が立ってるだけじゃないかしら?もしかしたら小屋みたいなのが必要かも。落ち着ける、自分だけのテリトリーが必要なのかもしれないわ」
「確かに、怯えているようにも見えるわね」
生首は誰彼構わず威嚇しているようにも見える。臆病な手首にとっては恐怖以外の何ものでもないみたい。
由美禍ちゃんとはお茶を飲みながら私と次の国語の授業の話をして、すぐに帰ってしまった。多分家に生首のお部屋を作ってあげるんだと思う。
手首はまだまだ甘えただから、自分の部屋はしばらくいらないだろうな。
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手首を飼い始めてもう3ヶ月が経つ。
最近手首の体調が悪い。
今手首は自分の寝床の中で、力なく横たわっている。
肌の色はくすみ、爪は青紫色になっている。たまに声をかけるんだけど、軽く指を動かすだけで、こっちに駆け寄って来たりはしない。
拾った時はあんなに元気だったのに・・・。
すごく悲しくて、切なくて。最近は部活も休みがちになっちゃってる。部活を休んで早めに帰ると、手首が少しだけ元気になっている気がするからだ。
でもやっぱり、最近の手首は弱っている。
それに、今日由美禍ちゃんから話を聞いたんだけど、1週間前に生首も死んでしまったんだって。だんだんご飯を食べなくなって、ゆっくりしぼんでいったって。
私、手首に死んでほしくないよ。
お母さんに無理を言って、遠くにある動物病院に連れて行ってもらった。
でも原因はわからない。
栄養のあるご飯と皮膚に塗る用の薬をもらった。
前はあんなに嫌がっていた外なのに、手首は静かにゲージの中で小さくなるだけだった。
「手首・・・死んじゃうの?」
ちょっとだけ泣きながら言うと、手首はゆっくり私の手首を握る。
がっしりとした指は、前に比べてガサガサとしていた。
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その1週間後、手首は動かなくなった。
どうしたらいいか分からなくて、ずっと撫で続けた。いつの間にか後ろにいたお母さんが、警察に届けると言ってくれた。
冷たくなって、動かなくなった手首はすごく重く感じた。
警察に手首を持っていくと、手首の家族だと言う人からお礼を言われた。最後までお世話してくれてありがとうって。
悲しくて悲しくてしかたなかったけど、最後に笑ってバイバイした。
次の日、学校で由美禍ちゃんと2人で手首と生首のお墓を作った。
由美禍ちゃんは生首にポン太っていう名前をつけてたんだって。私も手首に名前をつけてあげたほうがよかったかな。
先生はいつか 手首も生首も帰ってくるからあんまり泣いちゃダメって言ってくれた。私たちが泣いてたら、いつまでも向こうに行けないよって。向こうで残りとパーツと合体してから、また帰ってくるって。
授業では習ったけど、手首は本当に帰ってこれるのかな。
生首はきっと由美禍ちゃんの顔をちゃんと見れたから、帰ってこれると思う。でも手首には、耳も目も何もなかった。脳みそも。
こんなことなら手首に名前を書けばよかった。そうしたら一目で手首だってわかるのに。
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ある日、家の前に男の人が立ってた。あなたに拾われた手首です、だって。
右手を見させてもらった。
確かに見覚えのある手首をしてた。筆圧が高いのか、中指が少し変形している。筋張ってて、私よりもふた回りくらい大きい手。
すごく嬉しくて、お兄さんにお願いして右手首を切断させてもらった。ふるふると震える手首はやっぱり可愛くて、ぎゅっと抱きしめると私の首もとによってくる。
お兄さんは複雑そうな顔をしていたけど、大事に飼ってあげてねって言ってくれた。
もちろん大切にするに決まってるわ!
急いで由美禍ちゃんに連絡して、次の日2人であった。
由美禍ちゃんの後ろには生首の顔をした男の人がいた。スーツ姿で、ちょっと気まずそうにしてる。さすがに死んじゃうから生首は切断できなかったそうだ。
私の腕の中にいた手首はやっぱりちょっと生首に怯えていた。
由美禍ちゃんは生首と結婚するらしい。人間をペットにはできないから、仕方ないそうだ。手首は切断できるから羨ましいと言われて、少し誇らしくなった。
元とはいえペットと結婚するなんて、いくら生首が可愛くても、やっぱり由美禍ちゃんは変わってる。
私はすり寄ってくる手首を撫でながら、由美禍ちゃんの惚気を聞いていた。
家に帰ると、またあのお兄さんが晩御飯を食べに来ていた。
お母さんは若い男性が家に来るのが嬉しいみたいで、たくさん料理を作ってる。
お兄さんはうちでご飯を食べる時だけ手首を右手にくっつける。外ではやっぱり不便?って聞くと、私と一緒にいられるほうがいいって。
別にお兄さんと一緒にいるわけじゃないんだけどな。
ご飯の後はお兄さんと並んでテレビを見る。できたら手首をこっちに渡して欲しいんだけど、お兄さんはくっついたままの右手を私に向けて来る。
しかたないから膝の上に乗せて、手首の爪や指の間をゆっくりと撫でる。切断している時と違って、お兄さんがくっついていると手首がすごい重い。
そんなに手首が好き?って聞かれた。大切なペットを嫌いなわけないじゃない。
最近お兄さんが毎日のように家に来る。
私としては手首との時間が減るから嫌なんだけど。でも両親は歓迎しているみたい。
そんなことを手首に愚痴っていると、慰めるように頭を撫でられた。
手首がしつこいから、この頃は手首をベットに上げている。寝るときも一緒がいいって。一度いなくなった手首に私はあまい。
ベットに寝転がりながら、胸の上に手首を乗せてテレビを見ている。なんだか偉い学者さんが、人間のパーツについて講義していた。
パーツに脳みそがなくても動けるのは、何かしらの力で本体と繋がっているからです、だって。
私の愚痴、お兄さんに聞かれてるのかしら。
ちょっとだけ気まずかった。