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 帰りのホームルームはあっさりと終わった。職員室に用事があるというほのかちゃんに別れを告げて、体操着の真央ちゃんと二人、昇降口へ向かう。と、階段を降りたところで呼び止められた。覚えのある顔は、昨日のテニス部の部長で。


「十和田から大丈夫そうだとは聞いていたんだけど。本当に平気そうだね」

「あ、あの、うん」

「ちょっと境、私の友達はるかに馴れ馴れしくしないでくれる?」


 悪かったと謝る境くんに、両手を腰に当ててわざと怒ってみせる真央ちゃん。あれ、随分仲よさそうだけど知り合いだったのかな。疑問が顔に出ていたわたしに気付いた真央ちゃんが説明してくれる。


「同小だったんだ。五、六年の時はクラスも一緒で」

「俺が学級委員で加賀美が副委員だったりしてね」


 へえ、そうなんだ。


「ひどいんだよ、女の子がさ、手紙とかバレンタインのチョコとか持ってくるわけ。ドキドキしながら受け取ると、加賀美に渡してくれ、とかでさあ」

「私だって、境呼び出してくれって頼まれたこと一回や二回じゃ無いんだけど」

「……二人揃ってモテモテだったんだね」


 真央ちゃんは小学校の時から女の子に人気あったんだ。うん、やっぱり。ちょっと面倒くさそうな真央ちゃんに気付いてるだろうに、境くんは素知らぬふりで話を続ける。


「昨日の一年さ、今月いっぱいボール拾い専門。しばらく素振り以外でラケット持たせないから」

「まあ、当然だね」

「え、そんな……ちょっと厳しくない?」

「本人反省してるし、北沢さんの怪我が大したことなかったからこの程度。本当にごめんね」


 あんまり大ごとにしないで欲しいんだけど……せっかく部活に入っているのにあと残りの半月弱、素振りだけなんてなんだか可哀想だ。わざとじゃなかったんだし。


「花壇や校舎に向かって飛ばさないっていうのが元々のルールだから、北沢さんは気にしないで。まあ、校庭が狭いのがなあ。コートがあと二面あれば……」

「なんでテニス部ばっかり、陸上部うちだってちゃんとしたトラック欲しいわっ」

「う、うん、わかった。あの、二人とも部活行かなくていいの?」


 止めないといつまでも話が続きそうな二人は、はっと顔を見合わせると慌てて靴箱に走って行く。


「遥、また明日ね! あ、こら境、抜け駆け禁止っ」

「へへ〜、早い者勝ち〜。じゃあ、またね北沢さん」


 競い合って出て行く後ろ姿を、なんだか似ている二人だなあって思いながら見送った。


 靴を履き替え昇降口を出たところでぐるりと見渡しても、十和田くんの姿はまだなかった。五組はホームルームが長引いているのだろうか。ぼんやりと手すりに寄りかかり空を見上げる。

 ……改めて考えて。わたしはどうしようというんだろう。確かに、ここ最近不思議なことがあって、それはどうも気のせいとかではなくて。でもそれが十和田くんにどう関係するんだろう。保健室で言われたことが引っかかってつい聞いてみてしまったけれど、十和田くんはどう思っているんだろう。朝の様子では何か知ってそうな感じもしたんだけれど……知ってるって、何を。

 それで、もし何か理由があって、それを十和田くんが知っていたとして。もしそれが、十和田くんが誰にも知られたくないことだったら……私は知りたい?


 体を反転させて昇降口に設置されている手摺を握りしめる。下校の生徒も外の部活の生徒もひと通り出尽くしたようで靴箱も人気は少ない。ふと下に目をやると、わたしの足は勝手にバーレッスンのポジションをなぞっていた。

 うわあ、びっくり。手摺を握ると無意識に動くって、長年の習性って怖い……そっか。わたしが手放したバレエはこんなに身体に染み付いていたんだ。


「ごめん、遅くなった」

「っ、えっ、わっ、あ、と、十和田くん」

「北沢さん、驚きすぎ 」


 うわっ、びっくりした! 全く気付かなかったわたしは申し訳ないくらい挙動不審になってしまった。呆れられたかと思って見上げれば、少し堅い雰囲気の十和田くんがそこにいた。


「あ、ごめんね、ぼうっとしてたから」

「今日日直で。日誌渡しに職員室行ったらちょっと時間かかった」

「う、うん、平気」


 どちらからともなく歩き出すわたしたちの後ろでは、グラウンドを周回する運動部の掛け声が響いていた。


 とりあえず、わたしの家にと言われて昨日と同じ道をまた二人で歩く。最初にそう言っただけで黙り込んでしまった十和田くんに、わたしも何も言えずただ黙々と足を動かした。

 家の玄関は鍵がかかっていて、お母さんはまだ帰ってきていなかった。中に上がるかと聞けば、玄関でいいと言って立ったまま十和田くんはぐるりと見回した。


「……あの。お菓子がね、私の部屋から消えたの。鍵かけていたのに。あと、ゴミ箱も空っぽになっていて……」

「うん、ごめん。もう、ないから。あとで説明するから、まずは呼ぶね」


 え? 見上げた十和田くんは困った顔をして、ちょっと怒った風に家の中に向かって呼びかけた。


「出ておいで。家に帰るよ」


 ……えーと、何? 十和田くんはそれきり黙ってじっと家の中を見ている。微動だにしない十和田くんと、誰もいないはずの家の中を交互に見続けて何秒、何十秒? 口を挟む空気では決してないけれど沈黙が気不味くなった頃、台所のドアの影にチラリと見えた茶色の毛玉。


「え、ええ?」

「ほら、帰るよ」


 おずおずと顔を出したのは、焦げ茶色の長毛にキラキラと輝くつぶらな瞳。猫よりは大きく中型犬よりは小さいくらいの大きさで、長い尻尾を立てて揺らしながら恐る恐るこちらを見ている。毛に隠れて見えにくいが、小さめの三角の耳がついているようだ。


「おいで」


 有無を言わさぬ声音にちょっとビクッとして、少しずつ寄ってくる……四つ足のくせに二足歩行とは。ポテポテ、と音が出そうな歩き方でゆっくり玄関までくると、ぴょんと飛び上がり十和田くんの腕の中にふんわりと収まった……何これなにこれ、ナ ニ コ レ。


「こいつが元凶。ごめんね、北沢さ……」

「か、かわいいっ!!」


 私の大きな声に十和田くんと、腕の中のナニカが揃ってビクッとした。ああ、でも止まらない。だって、だって、


「なにこれ、すっごい可愛いっ! え、なに? 猫じゃないよね、狸でもないし、ええ、ちょ、十和田くんっ!? 何っていうか、誰!?」


 思わず十和田くんの腕にしがみつくように覗き込んでしまう。ちょっと引き気味にされて地味に傷つくが、そんなことより。


「お、落ち着いて、北沢さん? ってか、かわいい?」

「だってこんな可愛いの見たことないっ。なにこの可愛さ、イタチ? フェレット……あ、そうだオコジョだ! 毛の長いオコジョなのいやだ私も抱っこしたい……」

「オコジョ……?」


 ええ、すっごい可愛い。コロもびっくりなくらいのくりくりした瞳が長い毛に隠れそうで隠れないところとか、尻尾の先がちょっと黒っぽいところとか。


「やっぱり北沢さんにはこれ、見えるんだね。」

「うん? ばっちり可愛い」

「オコジョみたいに見えるの?」


 いや、オコジョよりは大きいし太いし毛が長いし。でも、なんていうか、全体的な雰囲気が。いやっ、こっちに短い両手を伸ばしてきたっ! これは、抱っこですね、抱っこをせがんでいるんですね!? そ、そんな潤んだ瞳で見られたらもうっ。


「あ」

「かわいい……ふわふわ……」


 十和田くんの腕からするりと私の腕に入った可愛らしいナニカ。小さい手でほっぺを触ってくるのがくすぐったいけれど、ふわふわモフモフが大変気持ちいい。思ったより重さはなくて、ふんわりとしたアンゴラウサギみたいな手触りにとろけてしまいそう。癒される……。


「ただいま……?」

「あ、お母さん」

「あら拓海くん。今日も送ってくれたの、ありがとうね」


 何か呆然としている十和田くんをよそにすっかり毛玉の虜になって玄関先に立っているところに、お母さんが帰ってきた。上がっておやつでも食べていってと勧めるお母さんは私の腕の中の可愛いこの子をスルーだ。


「お母さん、この子ね「あ、はい、じゃあお邪魔します」


 私の言葉にかぶせてきた十和田くん。見上げれば、小さい声で言った。すっごく、困った顔をして。


「北沢さんのお母さんには見えていないよ。今それが見えているのは、俺と北沢さんだけ」


耳元に、内緒話のように少し詰められた距離に、心臓がドキリと鳴る。


「え……?」

「小人というか妖精というか、そういうもの」


 ぽっかーんって開いた私の口に入ろうとした悪戯な小さい手は、十和田くん(かいぬし)によって遮られた。




 リビングでお茶を飲む。L字型に置かれたソファーの角を挟んで私と十和田くん。お母さんはお菓子を出したところで電話が鳴って行ってしまった。聞こえてくる話からして、伯母さんからだ。となれば、長電話は必須だな、今日こそ十和田くんとお喋りしたかったろうが残念でしたね、お母さん。

 私の膝の上では可愛い子が昨夜焼いたクッキーを両手で持ち、ハムスターかリスのようにちまちまと食べている……破壊力抜群だ。


「伯父と絢子さんのあの家には、昔からこいつらが住み着いているんだ。俺の家はこういうのが見える人間がちょこちょこ産まれる家系らしくって」

「へえ」

「北沢さんが前に家に来た時に、ついて来たらしい。迷惑かけてごめん」


 耳だけで聞いていたけれど、慌てて顔を上げて十和田くんに向きなおる。


「え、なんで? ちっとも迷惑じゃないよ」

「でも、食べ物とか勝手に」

「無くなったからびっくりはしたけれど。知ってたら驚かなかったし、むしろ、ちゃんとごはんあげたのにな。ごめんねお腹空いたでしょ」


 モフモフに向かって言えば、クッキーを咥えたままコテンと小首を傾げる。あざといっ、あざと可愛いいっ。


「いや、こいつらは空腹では死なないから。食べるという行為と味が好みだから食べているだけで、本来なら食物を必要としないんだ」

「え、そうなの? 食べなくていいんだ、ファンタジーだねえ」


 それにしちゃ、美味しそうに食べているなあ。そうですか、私のクッキーが気に入りましたか、そうかそうか。十和田くんが説明してくれることには、食べ物をもらうかわりに家事を手伝うことで勝手に対価を支払っているのだそう。ああ、それで洗濯物とかゴミ捨てとか。話がわかれば納得だ。


「ああ、ブラウニーみたいなのね。そういう妖精のお話があったよね」

「まあそんな感じなのかな……でも、北沢さん、気味悪くないの?」

「え、うんと、べつに……?」

「そう、なんだ」


 明らかにほっとした表情の十和田くん。こんなに可愛いのにどこに気味悪がる要素があるというのだろうか。

 小さい頃好きだった妖精の話の絵本があった。古い家にこっそり住んでいて、家事をするかわりに牛乳やお菓子をもらっていく妖精ブラウニー。裸で暮らしているブラウニーに洋服をあげてしまうと、家を出て行ってしまうんだった。そうか、この子がモデルなのかもしれない。

 そんなことを話していると、食べ終わったモフモフが何かを十和田くんに訴えている。私には二人の間に何かがキラキラしているのが見える、これがもしやこの子の声なのだろうか……ふわあ、ファンタジー……。


「会話ができるんだ? わたしにはなんかキラキラしたのが見えるけど、音は聞こえなかったよ。十和田くん、いいなあ」

「……北沢さんって、変わってるね」

「え、そ、そうかな?」


 あれ、普通犬や猫とも話してみたいと思うよね? コロと話せたらすっごく嬉しいんだけれど。


「お土産のお菓子が美味しかったんだって。ついて行ったらもっと食べられるかと思ったって」


 あの消えたブラウニーは君の仕業か! 悪びれもしない潤んだ瞳で見上げられると、きゅうんってなる。しかし、そうだったんだ。あの後はブラウニー焼いてなくてごめんね。


「とりあえず今日、連れて帰るから」

「え、いいよ、この子がいたいなら居ても」

「そんな」

「あ、でも家族とかお仲間とかはみんな向こうなんだよね。一人じゃ寂しいかな」

「気にするところ、そっち?」


 十和田くんが額に手を当てて項垂れてしまった。モフモフは私の手をすり抜けて腕を登り肩に上がり、見事マフラーのように首に巻きついて楽しげにしている。口から出るキラキラは、もしや歌でも歌っているのだろうか。艶やかな綿毛のような感触を右手で楽しみながら十和田くんに確認する。


「こんなに可愛いのに、お母さんには見えないのね」

「実は、俺にも可愛くは見えない」

「え?」


 言いにくそうに十和田くんは口を開いた。


「見える人も少ないけど、それの見え方は人それぞれで、本当の姿はどうなのか実はよくわからないんだ。北沢さんはオコジョって言うけれど、絢子さんは座敷童子みたいだって言う」

「絢子さんも見えるんだ……」

「俺には……毛の長いゴブリンみたいに見える」


 え"。ごぶりん……ゴブリン?


「あ、あの、十和田くんには、私の首にゴブリンが巻きついているように見える、ということ?」

「ハリーポッターに出て来たしもべ妖精がいただろ、あれの全身に毛が生えてる感じかな」

「……オコジョだよう」


 申し訳なさそうに頷く十和田くん。ゴブリンと戯れる女子中学生を想像してそれはあまり見て楽しい光景ではないだろうなあと、なんだかこちらが悪いことをした気になってしまった。



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『Ayakashi and the Fairy Tales We Tell Ourselves』
イラスト/ Meij 先生
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