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おとぎ話の時間です  作者: 小鳩子鈴
本編

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5/32

 

 夏の名残の空気もだいぶ抜けて、頭上の空はぐっと高くなった。体育の授業は球技大会を見据えてサッカーとバスケとバレーボールばかりやらされている。朝からいい天気の今日は校庭でサッカーだろう……にわか雨でも降らないかな、とかサッカーが苦手なわたしはつい願ってしまう。


 家から徒歩十五分の市立中学校は学区内の三つの小学校の児童が通う。小高い丘の上に建つ校舎はその坂道が朝からげんなりしてしまう要因のひとつなんだけど、ひょいひょいと軽い足取りで登って行くみんなはすごいと思う。球技が苦手な上にどんくさい自覚のあるわたしは軽く息を吐いて、辞書の入った重たいリュックを背負い直し、足を機械的に動かして坂を上った。




「はああ、お腹減った……なんで体育が四時間目なの。ますますお腹減るぅ」

真央まおちゃん、さっきから座ってばっかだよ」

「だってお腹空いてるんだってば、寝坊したから朝ごはん牛乳だけ……」

「まあちゃんは空腹に弱いよねぇ」


 くったりとしゃがみこむ友達まおのつむじを指先でつつきながら、ほのかちゃんが私に向かってポニーテールを揺らして笑う。その通りなのでサッカーボールの行方だけを目で追いながら頷いた。わたしたちの他にも、何となく遠巻きに休んでいる子たちがちらほら。先生は本気でミニゲームしている男子の方ばかり見ているので、女子はゆったりお遊びモードだ。


「でも、私も今朝はあんまり食べなかったから。お腹空いたなあ」

「はるちゃんまでそんなこと言ってる」

「だってサッカー苦手だし……」


 近距離とはいえ県外からの転入生のわたしの世話役に、先生は出席番号が近かったこの二人を指名した。先生に言われた一週間が過ぎ、二週間が過ぎ。一ヶ月過ぎて学校にかなり慣れても二人はわたしのそばに居てくれて、そのあとも自然と三人で一緒にいるようになった。


 人見知りのわたしにぐいぐい入り込んで来てくれたのは、加賀美かがみ真央ちゃん。少しだけ天パで地毛が茶色っぽいショートヘアの真央ちゃんはすらりと背が高く足も速い。春にやった運動会では混合リレーでクラスのアンカーを務め、他クラスの男子を二人抜いて入賞した勇姿はかなりカッコよかった。

 一年生女子の間ではこっそり『王子』と呼ばれている。球技大会のすぐ後にある文化祭では、人気投票男子の部になぜかエントリーされているという噂だ。


 のんびり、おっとり話す工藤ほのかちゃんは、真央ちゃんと幼稚園から一緒だそう。背中まである綺麗な黒髪をいつもポニーテールにしていて授業中だけ眼鏡をかける。部活の先輩に絶賛片想い中で、テスト期間中は部活も休みで会えないと、毎日その大きな大きな瞳をうるうるさせていて、いいから勉強しなさいと真央ちゃんに怒られていた。

 はたから見ると真央ちゃんがお姉さんで、ほのかちゃんが妹みたいだけれど、実はほのかちゃんがおっとりしているのは口調だけで、恋愛さえ絡まなければかなりのしっかり者。お姉さんというよりお母さんみたいに真央ちゃんのお世話をしていたりする。


 二人がどうしてわたしに気を止めてくれたのかはわからない。けれど、うわべだけでない友達付き合いをしてくれていることを実感するたびに、自分にはもったいないくらいの友達だなと思いながらもこの二人のそばに居られて嬉しくなる。人付き合いも話も上手くないわたしが気後れしないでおしゃべりできる。転入したばかりの頃なんかはすごくお世話焼をしてくれたりして、まるで二人のお姉さんができた気分だった。

 遠くで回されるサッカーボールを眺めながらのお喋りは続く。


「あはは、遥は球技がダメだよね」

「本当に苦手……あ、マットは好きだよ」

「はるちゃん、体柔らかいもんね。わたしは跳び箱がダメだなあ……あれ、そういえば膝の絆創膏なくなってるねぇ」


 治ってよかったね、そう言われて十和田くんのことを聞いてみようと思った。


「ねえ、真央ちゃん、ほのかちゃん。あの……五組の、十和田くんって知ってる?」

「え、何なに、はるちゃんもとうとう?」


 ああ、ほのかちゃんってば一瞬にして目がハートになって恋愛モード入っちゃった、違うのに。そうじゃなくて、と一生懸命説明する。自転車の件は伏せてコロの散歩途中に道に迷って絢子さんに会い、十和田くんに道案内してもらったことにした……間違っていないよ、うん。


「十和田ってテニス部だよね。陸上部うちの近くで素振りとかする時もあるから見かけるよ。でも、うーん、普通? これといって印象ないなあ。今度の男テニの部長は割と有名だけど」

「境君は人気あるよね。でも他のテニス部の男子って、案外真面目で地味目な子が多いよねぇ。十和田君か……ごめん、私もあんまり思い浮かばないかも。確か小学校は県外だったよね、クラスも一緒になったことないし。背は高かった気がするなあ」

「ほのかは新庄先輩以外は眼中にないものな」

「えへへ」


 真央ちゃんのツッコミに、赤い顔をしてへにゃりと笑うほのかちゃんは、すごく可愛い。でも、わたしまで巻き込もうとするのは遠慮します。一緒に頑張ろう! とわたしの両手を持って力強く言い切るほのかちゃんに困って真央ちゃんを見上げると苦笑いされた。

 そうこうしているうちに、遠くで先生が集合の笛を鳴らす。十五分のミニゲーム中、わたしたち三人にボールが回ってくることはなかった。




 放課後、真央ちゃんはもう一度体操着に着替えると楽しそうに陸上部に行く。ほのかちゃんは帰り支度をしていそいそと新庄先輩のいる吹奏楽部へ。本当はもう引退のはずの三年生だけど、有志だけ文化祭まで残ってくれているという。だからもっと練習して頑張る! と今日も張り切るほのかちゃんと階段で別れ、家庭科部という名の帰宅部のわたしは昇降口に向かう。

 クラブも登下校も “オトモダチとはどこまでも一緒じゃなきゃいけない” という束縛から抜けられたのは、あの二人がいい意味でマイペースだから。小学校の時には考えられないことだ。


 まっすぐ帰ろうと思っていたけれど、少し考えてグラウンドの方へ回る。真央ちゃんが言っていた通り陸上部の近くでテニス部が素振りをしていた……いや、別に、他意はないよ。ちらっとだけ見て、絢子さんに『部活やってるところ見たよ』って教えられたらいいかなあって、ちょっと思っただけで。だから近くまで行かないで、この花壇のところから少しだけ、五分だけ。


「お、北沢さんいいところに。水やり手伝ってくれないか」


 そう思って立ち止まれば、ちょうどジョウロを持ってきた担任の池田先生に声をかけられた。


「先生もうすぐ会議に行かなきゃないんだ」

「あ、はい。いいですよ」

「学校にもすっかり慣れたな。加賀美たちとは仲良くしてるようだし」


 五十代のベテラン先生は厳しいところもあるけれど、こうして気にかけてくれるのが嬉しい。少し話して池田先生は校舎に戻っていった。

 ちょうどよかった、この水やりの間だけ眺めて帰ろう。足元の花壇に水をかけながらチラチラと校庭に目をやれば、十和田くんより先にウォーミングアップする真央ちゃんを見つけた。

 この後走り込みをするはず……日焼けした長い手足を惜しげもなく伸ばす真央ちゃんは、すぐにでも走りたそうにうずうずしているのがここからでもわかる。ほのかちゃんに「まあちゃんは止まっていられないよねぇ。マグロ? 馬?」ってよく揶揄われるくらい、真央ちゃんは走るのが好きだ。今朝は寝坊したが、朝練がない日も勝手に走っているという。


 ほのかちゃんだって、新庄先輩のことがなくても吹奏楽は真剣にやっている。フルートとかが似合いそうな雰囲気のほのかちゃんのパートがパーカッションというのが意外だけど、この前聞かせてもらったらとっても上手だった、特にドラム。すごく練習したと言ってた、スネアっていう小太鼓を細かく細かくザアァって途切れなく鳴るように叩くのなんて、プロみたいだった。

 コンクールは春の予選で落ちて残念だったけど、二学期に入ってからは文化祭に向けて昼休みも練習している。二人とも、すごいと思う。


 わたしは二人みたいに打ち込めるものがない。小さい頃からやっていたバレエがそうだったかもしれないけれども、引っ越しを機に辞めてしまった。

 ただでさえ、二人との間には差があるのにますます離されてしまうような気がする。寂しいような、でも、それも当然のような……どうにも自分に自信が持てないわたしを、そんなことはないと励ましてくれる真央ちゃんとほのかちゃん。二人が心からそう言ってくれているのは分かるんだけど。


 わたしにも何か夢中になれることが出来たらもう少し前向きになれるかなって、そう思う。その “何か” が分からないんだけど。自分になんにも無いっていうのは、ちょっとクる。二学期の終わりには進路相談を含めた三者面談だと今朝のホームルームでも言われた。進路かあ……わかんないよ。今の自分もはっきりしないのに、そんな先のことなんて。


 そんなことをぼんやり考えていたら二度ほど水を入れ替えたジョウロは空っぽになっていた。結構時間が経っていたみたいで、真央ちゃんたち陸上部は校庭の反対側に移動してしまっている。その代わりテニス部がかなり近くに来ていて驚いた……十和田くんは背が高いからすぐ見つけられる。当番なのか、数人でボールの準備をしたりしていた。テニスコートはあるけれど二面だけだからローテーションの待ち時間はここでもやるんだろう。

 帰ろう。これ以上ぼさっとここで立っていたらただの不審者だ。そう思ってくるりと向きを変えた時、ヒュンっと私の頬を何かがかすめて、花壇に突っ込んで行った。


「っ!?」

「おい、誰だ変な方に打ったの!?」

「す、すみませんっ!」


 焦った声、一層ざわつく空気。先生呼んでこい、怪我させてないか、などと背後からかかる大声に気圧され、思わずふらりとしゃがみこんだわたしの腕を引いて立たせてくれたのは、十和田くんだった。見上げた顔は逆光で表情がよく見えない。


「あ……」

「大丈夫? 当たってはいないようだったけれど……ここ、赤い。かすった?」


 頬のところを指差して聞いてくるけれど、なんだか頭がこんがらがってよく分からない。言われてみれば頬がじんじんしているような気もする。と、そこに慌てた様子で走って来た人がいた。


「怪我は? あれ、北沢さんだよね……十和田、お前知り合い? なら保健室連れて行って。先生来たら俺も後で行くから」

「分かった。北沢さん、歩ける?」

「え、あ、あの、大丈夫、行かな、」


 保健室には行かなくても平気だと言いたかったのに、さっさと腕を引かれてしまった。あ、ジョウロ、と思って振り返ればさっきの人……部長さんなんだろう、が片手にジョウロを持ってテニス部の人たちに何か指示しているのが見えた。片付けてくれるのかな、多分。

 部長さんの名前、なんて言ったっけ。確か真央ちゃんたちが……ささき、違う……さかい。境くんって言ってた。あの人かあ。ああ、うん、人気あるの分かる気がする。しっかりしてそうで、リーダーシップありそう。わたしにはどっちかというと気後れしちゃうタイプだけれど。で、なんで話したこともないわたしのこと知ってたのかな。やっぱり転校生は目立つのだろうか。



 結局、ボールが軽くかすったようで少し赤くなった頬を冷やしてもらって様子を見ることになった。特にすることもないし、もう大丈夫だから部活に戻って、と言ったけれど十和田くんは顧問の先生と部長が来るまでここにいると聞いてくれなかった。


「なんだか……あの、この前からごめんね。迷惑ばっかりかけてる気がする」


 いや、実際 “気がする” じゃなくて、迷惑かけちゃってるんだけどね、主に送迎と言う名のお守りで。保健室のソファーに座らされているわたしは、窓辺で外の様子を眺めている十和田くんに謝った。養護の先生は職員室に行ってしまったので二人っきりだ。この前の帰り道といい、どうも十和田くんとは二人きり率が高い……緊張する。


「別に北沢さんのせいじゃない」

「そ、そうかもしれないけど……」

「気にすんな」

「う、うん」


 それよりちゃんと冷やしておけば、とやっぱりぶっきらぼうに優しいことを言う十和田くん。それ以上話せなくなって壁の虫歯予防のポスターだけを見て、保冷剤の入った冷たいタオルをぎゅっと頬に押し付けた。


「……あのさ、この前」

「え? な、なに?」


 急に話しかけられて驚いた。聞き返すと、十和田くんはすごくバツの悪そうな顔をしてちょっと言い淀んだ。


「……この前うちに来ただろ、俺いなかったけど。その後何か、変わったことはなかった?」

「え、変わったこと?」


 お母さんと十和田くんの家に行ってから一週間と少し経つ。なんだろう。なんのことだろう……言いにくそうにしているけれど十和田くんはあくまで真面目で、からかったりふざけたりしている感じは全然ない。

 十和田くんの家に行ってから、変わったこと? ……ブラウニーが食べる前に無くなった気がしたんだけど。あれは何かの勘違いだよね、きっと。ううん、と考えていると考え考え言葉を足して来た。


「例えば、食べ物が……お菓子や牛乳がなくなるとか、物の場所が変わってるとか」

「うちでは、それは大抵お兄ちゃんの仕業だなあ」


 え、やっぱりブラウニー? いやいや。確かに棚のおやつがしょっちゅうなくなったり、ゴミ箱が変なところに置かれていたりとかはするけれど、今に始まった話ではないし、いつも犯人はお兄ちゃんだ。本人が否定しようが何しようが、お兄ちゃんだ。


「あの……どうして?」

「あ、いや。なければいいんだ、けど」

「うん」


 言いにくそう……分かる。わたしも話し始めるの時間かかるから、いくらでも待つよ。ん、でも十和田くんがこういうふうなのって、あんまりぴんとこないなあ。勝手な先入観かもしれないけれど、無駄なことしないで淡々とこなしそう。

 少し目線をうろつかせた後、私の方にすっと顔を向けてゆっくり口を開いた。


「……ちゃ「お待たせ! どう、怪我の具合は?」

「境君、ドアは静かに」


 ちゃ? 何か言いかけた十和田くんの言葉は、元気よく入って来たテニス部部長と顧問の先生によって遮られ、それきりになってしまったのだった。




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『Ayakashi and the Fairy Tales We Tell Ourselves』
イラスト/ Meij 先生
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