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おとぎ話の時間です  作者: 小鳩子鈴
本編

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17

 

 釈然としない風にしながらも、少し表情を緩めた十和田くん。お父さんとぽつりぽつりとする会話に絢子さんは嬉しそう。合わない視線はともかく、二人が言葉を交わすこと自体が滅多にないんだと思う。

 向こうで暮らすお母さんと妹さんの近況の後は、自然と学校のことや進路の話題になった。まだ数年は帰国できないとのことだから、もしお父さんたちのいる国へ留学という選択をしないのであれば、高校受験はこのままここで受けることになる。


「進路は考えているのか」

「まあ、一応」

「浪人さえしなければ学費は保証する。好きにすればいい」

「……わかった」


 十和田くんの戸惑いがわたしにも伝わった。「好きにしろ」なんて突き放したような言いかたにドキっとしてしまうけど、山盛り乗っかっているおーちゃんのせいかあまり反発心は湧かない。なんだろう、この、おーちゃん効果。


「伝わってないわよ」

「問題ない」

「あるわ。訳しましょうか『学費のことは心配しないで、好きな道に進めばいい』って。その為にずうっと忙しく働いてるのでしょう。 拓海、あなた将来、私立医大でも留学でもどこでもいっていいわよ」

「は?」


 絢子さんはちょっとだけ得意げに隣を見たけど、お父さんは素知らぬふりでぱくぱく食べている。否定しないところを見ると、絢子さんの言うことは間違ってはいないのだろう。


「選択肢も無く見える目を生まれつき持たされた息子に、せめて他のことは自分の意思で決めさせたいっていう親心よ」


 十和田くんは初めて聞いたようで、ぽかんとしている。珍しいその表情を思わずしげしげと眺めてしまうけれど、それにも気付かないで真っ直ぐにお父さんを見ている。

 さすがに視線を感じたらしいお父さんは、おーちゃんの隙間からちらりと目をあげて言った。


「……自分の人生を、それ以上縛られる必要はないだろう」


 信じられないように二、三度瞬きをして何か言いかけて、やっぱり口を閉じた十和田くん。

 ほら冷めちゃうわ、にこやかに笑う絢子さんからそう言われて、もそもそと食事を再開する……その後も会話は少なかったけれど、悪くない雰囲気だった。




 あらかたお皿が空になる頃には、おーちゃんたちも満足したのか戻って行って、わたしの膝の上に残るだけになった。ほのかに流れる静かな空気にこのまま終わるかな、そんな風に思っていた時だった。


「あら、じゃあ遥ちゃん、この子たちじゃないのも見えるの?」

「え、あの……はい」


 学校と公園で、違うモノに遭ったことをそういえばまだ伝えていなかった。まさかこんなに驚かれるとは思わなくて、戸惑う気持ちのまま横を見れば十和田くんも少し考え込むような顔をしている。

 絢子さんは心配そうに眉をひそめて、十和田くんのお父さんと何やら小声で話し始めてしまった。


「もしかして、言っちゃダメだった?」

「……いや」


 思わずつられて自分たちも内緒話のように声を潜めてしまう。お父さんの方は相変わらずの無表情で、小さく聞こえてくる絢子さんと話す言葉は途中からどうも英語でない外国語……フランス語? になった。絢子さんが理由もなくそうするとは思えないから、日本語でないのはきっと、わたしたちには伝えられない何かがあるんだろう。それが分かるから隠されたことに悪い気はしないけれど、困惑はする。

 時間にしたら一、二分程度のことだったと思う。何か言い募る絢子さんをお父さんがばっさり却下して、会話を終了させたみたいだった。

 軽くため息をついた絢子さんがわたしたちの方に向き直る。


「ごめんね、ちょっとね。ね、遥ちゃん、見たのはその二回だけ? 遥ちゃんの家でとか、他にはない?」

「はい、それだけです……あの、何かいけなかったですか」


 まだちょっと心配そうな絢子さんは、わたしの答えを聞いてほっとしたようだった。


「違うのよ、遥ちゃんがいけないわけじゃないわ。見た時に具合が悪くなったりはしなかった?」

「あの、具合っていうか、周りの音がよく聞こえなくなって」

「『音』ね……拓海。お前は?」


 テーブルに片肘をついて確認するように言うお父さんは、直視するのをためらうくらい鋭い視線を十和田くんに向ける。怒ってるわけじゃない、それは分かる。けれど受け止めるには痛いようなその視線を、十和田くんも逸らしもしない。


「……俺はいつも通り」

「そうか」


 それだけなのに、火花が散りそうな会話。一変した空気に膝の上のおーちゃんに助けを求めたら、撫でる手に頬ずりしてくれた……けれど、ざわつく心はあまりおさまらなかった。




 昼食が終わると、お父さんが来ているにもかかわらず、やっぱりその日も十和田くんが家まで送ってくれた。夕方にはホテルに戻ると言っていたからあまり時間もないのにと言えば、もう十分会ったし話したと返される。ここ数年で一番話したと。


「……絢子さん、心配してたね」


 おーちゃんたち以外のものが見えると言ってからの二人の様子は、結局はそういうことだった。


「ごめん」

「どうして十和田くんが謝るの」

「北沢さんは、本当は見えなくていいはずなのに。面倒に巻き込んだ」


 持ってくれたコロのリードを見つめながら言う十和田くんは、背が低いわたしに合わせてゆっくり歩いてくれる。今日も帰り道にくっついてきてくれたおーちゃんに視線を移した。


「こいつらは、どちらかというとこっち側に近いから見えてもまあ、おかしくない。絢子さんも見えるし、気配を感じる人はもっといると思う。害も無いし」

「そうだね、タカノリ先生もなんとなく分かるって言ってた」

「そう。でも、あいつらは違う」

「違うの?」


 十和田くんは頷いた。


「北沢さんが『違和感』って言ってたやつ。あれは、なんて言うか……向こうの世界との歪み、みたいなものだけど、あれに引きずられると良くない」

「え、どういう風に?」


「見える」まではいかなくても「感度の高い人」というのはやはり他にもいるらしく、そういう人達は知らないままに影響を受けているんだそう。なんとなく他の人とは雰囲気が違っていたり、ある一定の運が良かったり悪かったり。


「向こうから来るのも色んなのだから、影響はそれぞれだし、力の強い弱いもある。あんまり良くないやつに当てられると、それこそ事故に遭ったり怪我したりすることもある。プラスになる時もあるよ、地味だけど」

「地味?」

「……育てた花がよく咲いたりとか」

「それ、絢子さんだ」


 本当に、絢子さんのあの家の庭は綺麗だ。花壇の花もコンテナの寄せ植えも、なんなら庭にくっついている林の部分も、手間をかけているわけじゃないという割には雰囲気良く整っている。雑草だってなぜか可愛らしく見えるくらい。

 冬の初めにチューリップやムスカリの球根を植えるのを手伝わせてもらったけれど、絢子さんは実は結構大雑把だった。庭の地面にこの辺かなーって適当に穴を掘って、ざあっと球根を放り入れて向きも揃えずバッサバッサと土を被せていたのには驚いた。

 それなのに、芽を出し始めたチューリップ達は、まだ小さいのに色もツヤツヤして元気もよくって。春になったらどれだけ綺麗な花を咲かせるんだろうって思うくらい。あれがそうか。あんな影響だったらわたしも、うちのお母さんもきっと欲しい。


「でもそれは選べるわけでもないし、第一『見えない』人への力の出方だから」

「そっか。でも、それじゃあ『見える』人には、どうなの?」


 十和田くんはどうなの、そう聞くとすごく言いにくそうにして、滅多にないけどと前置きをした。


「直接触れられると、向こうと繋がる」

「え」

「たまにいるんだ。面白がってるのか知らないけど見せたがったり、連れて行こうとする奴が。それに、その気はなくともやっぱり穴が大きいと落ちることもあるから。さすがに北沢さんはまだそこまでじゃないけど、随分気に入られているみたいだしこのまま続くと分からない」

「……だから一人は駄目だって言ったの」

「ごめん」


 そんな顔して謝らなくていいのに。たしかに、聞いたことには驚いた。驚いたけど


「わたし、べつに今は困ってないよ。それに、なんかね」

「うん」


 どう言えばいいんだろう。言葉を探しながら話すわたしを十和田くんは急かさず待ってくれる。ほら、やっぱり優しい。だから、もう少し言い方を考えていたのに、


「一緒に見られるの、嬉しいかも」


 思わずこぼれてしまったのは、取り繕いようもない本音。しまったと思ったけれどそれはもう遅かった……こんなこと言われて十和田くんはどう思っただろうか。そっと斜め上を見上げるとちょっと驚いたように目を見開いた十和田くんがいた。


「あ、ほら、あの学校で遭ったのは見てないから分かんないけど、わたしにはみんな動物みたいに見えてるし、だから少し変わった動物園的な。十和田くんはあんまり可愛いものに見えてないんでしょ?」

「それはそうだけど……なんでそんな前向きなの」

「なんでって、多分、先に十和田くんが見てくれているから怖くもないんだと思う」


 伯父さんが亡くなってから今までずっと、見えることも見えたものも全部一人で抱えていた十和田くん。少し持たせてもらえるなら、十和田くんの負担が軽くなるんじゃないかと思う。「見えること」にわたしたちの側に特に意味がないのなら、余計。


 一人で見るより、二人の方が良くない?


「なるべく一人にならないようにして、見えても近寄らなきゃいいんだよね」

「まあ、そうだけど」

「それなら大丈夫。気をつけるよ」


 ひとりっきりは、嫌だ。

 記憶をなくしていても、わたしは一人じゃなかった。お母さんとお父さんがいて、お兄ちゃんやおばあちゃんもいたし、バレエ教室の仲間や、真央ちゃんたち。それに十和田くんと絢子さん。失くした記憶はほんの少しなのに、いつもなんとなく不安で自信がなくて……どれだけみんなに支えられていたか、思い出した今なら分かる。

 今度は十和田くんが考え込んでしまった。何か言葉をまとめているような沈黙を、肩上のおーちゃんを撫でながら待つ。


「そういうわけにもいかない。そうしたくもないし」

「うん」

「まだ、かかると思うけど」

「かかる?」


 何にだろう。独り言のように呟く十和田くんは詳しく話す気は無いみたいで、でも、心なしかさっぱりした表情をしているように見えた。


「時間が。親のことも……」

「『無理しなくていいんじゃない』かな」


 それは、前に十和田くんがわたしにかけてくれた言葉――どれだけ気が楽になったか。その時の口振りを真似て言えば十和田くんも思い出したみたい。見上げるわたしから目をそらさずに困った風に笑う、その顔に胸のあたりがぎゅっとなった。

 まだこのまま歩いていたい気がするけれど、わたしの家はもうすぐそこに見えている。差し出されたコロのリードをちょっと残念に思いながら受け取った。


「北沢さんが見ないで済むように……多分、そうなる」


 どうやって。聞こうとしたけれど、その何か決めたらしい声にただ頷くだけ。十和田くんが肩の上のおーちゃんを撫でる手はいつもよりずっと優しくて、そっと持ち上げられて離れて行く温度になんだか寂しくなるほどだった。



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英語翻訳で書籍化しました!
『Ayakashi and the Fairy Tales We Tell Ourselves』
イラスト/ Meij 先生
おとぎ書影

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