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おとぎ話の時間です  作者: 小鳩子鈴
本編

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19/32

12

 

 三が日が明ける前にはおばあちゃんのところから戻ってきたけれど、お父さんとお兄ちゃんだけで一週間を暮らした家は案の上の状態。こめかみをピクピクさせるお母さんに指示されるまま、家族全員で年末ならぬ年明け大掃除をする羽目になった。だから、絢子さんのところへお土産を持って行ったのは、成人式のある連休に入ってからだった。

 リビングに散らかったゴミを分別しながら、こんなとき、おーちゃんが手伝ってくれたらなあ……なんて甘いことを思ってしまったのは内緒にしておこう。


 冷たく乾いた風に吹かれながら、コロを連れてすっかり慣れた道を歩く。昔ながらの住宅街はお庭の広い家が多い。建ぺい率が今と違うから、と前に聞いた気がする。建ぺい率がよく分からなかったけれど、要は、敷地いっぱいに建物を建ててはいけなかったらしい。

 そのおかげか、特に道路沿いは手入れの行き届いた庭を持つ家が多く、ただ歩いているだけでもいろんな花や樹が見られるのが楽しい。日当たりのいいところではもう、梅が咲いていい香りをさせていた。


 最後の角を曲がると、絢子さんの家の前に男の人が立っていた。アイアンのゲートに片手をかけて今にも開けようとしているその背の高い人は、わたしとコロに気付くと手を止めてにっこりと微笑んだ。


「やあ、遥ちゃん。あけましておめでとう……散歩?」

「あけましておめでとうございます。はい、散歩ついでに絢子さんのところにお土産を持って来ました」


 手にしていた紙袋を軽く持ち上げて見せれば、その男性……タカノリ先生は、ああ、と笑った。


「そっか。遥ちゃんも甘酒飲みにきたのかと思ったけど、そうだ、未成年だったね」

「甘酒?」

「絢子さん、お正月にお屠蘇じゃなくて甘酒ふるまってくれるの。知り合いの造り酒屋さんから特別に貰う酒粕でね、美味いんだこれが。お正月の間は来られなくって、今日作ってもらえるようにお願いしていたんだ。ただ、ちょっとアルコールが強めだから、中学生にはまだダメかなあ」


 もう少し大人になったらね、と言いながらわたしの頭をポンポンと撫でるタカノリ先生。相変わらずの距離の近さは慣れなくてちょっとドキドキする。近寄られてコロはわたしの後ろに隠れてしまった。タカノリ先生みたいにフレンドリーな人でもダメなんだ。最近は絢子さんや十和田くんとばかりで、コロも普通だったから少し忘れそうになるけど、やっぱりまだ怖いんだな。

 門を開けてもらって中に入り、蕾をつけた水仙を見ながら飛び石を歩いて玄関に着く。実を言うと、十和田くんとあの後会うのは初めてで。どんな顔して会ったらいいか分からなかったから、一人でなくてホッとしていた。

 後ろに立つタカノリ先生に促されて呼び鈴を鳴らそうと指を伸ばしたら、突然、目の前のドアが乱暴に開いた。


「わっ! あ、十和田くん……?」

「や、たく君おめでとー、今年も甘酒いただきに来たよ」

「……おめでとう、ございます」


 どうぞ、とすれ違いざまにぽつりと言って、十和田くんはコートを手に持ったままの格好で出て行ってしまった。なんとなく、不穏な雰囲気を感じて十和田くんの行った先を見つめていたらタカノリ先生と目があった。


「拓君、どうしたのかな?」

「……」


 思いつめたような、怒ったような顔をしていた。あんな顔、今まで見たことない。なんだか胸が苦しい。

 困って二人して立ちすくんでいると、柔らかい声が開けっ放しのドアの内側から聞こえてきた。


「あけましておめでとう、遥ちゃん、たか君。寒いでしょ、中に入って?」


 ちょっと困ったように笑う、いつもの絢子さんだった。





 ダイニングキッチンは、タカノリ先生の言った通り甘酒の香りがしていた。別立てで沸騰させ、アルコール分を飛ばしたのを味見程度にいただいた。甘酒はとろりとしていてとても美味しかったけれど、たった二、三口でお腹が熱くなるあたり、やっぱりお酒なんだろう。


「麹の甘酒も用意しておけばよかったわ。来年は生麹も譲ってもらおうっと」

「香りで酔っぱらっちゃうかな。僕も今日ばっかりは車じゃなくて歩きで来ているしね」


 ご機嫌で甘酒をふうふうしているタカノリ先生の隣に座ったわたしの前に、緑茶と和菓子の練り切りが置かれる。ふっくらと丸い薄桃色の花は、梅かと思ったら寒椿なのだそうだ。綺麗で手をつけられないで眺めていると、ふわっと膝の上が暖かくなった。おーちゃんだ。

 そっと目線を下げれば、キラキラの黒い瞳と目が合う。思わずにんまりとして、撫でようと手を出したところで、隣にタカノリ先生がいることを思い出して固まってしまった。見えない人から見たら、空中を撫でまくっている怪しい人になるわけで……ナデナデを期待しているらしいおーちゃんが、いつまでも止まったままの手を不思議そうに見ている。どうしよう、どうしたらいい? 冷や汗が出そうなわたしにタカノリ先生が面白そうに声をかける。


「早く食べないと溶けちゃうよ?」


 アイスじゃないんだから、と笑う絢子さんはわたしの膝の上に目を落とすとにっこりした。


「撫でてあげて。遥ちゃんに会いたくて待っていたの。隆君は知ってるから、大丈夫」


 驚いてポカンとするわたしを見て、タカノリ先生はまたいい笑顔だ。


「いいなあ、遥ちゃん。絢子さんにもこの子たちにも好かれて」

「え、タカノリ先生にも見えるんですか?」

「残念ながら。なんとなーく空気が違ってみえるくらい、かなあ」


 気配がわかるだけでも珍しいのよと、絢子さんはタカノリ先生に漬物とお煎餅を出すと、自分もマグカップを手に腰を下ろした。二人に微笑まれて安心しておーちゃんを撫でる。久々のとろけるような手触りに思わず抱き上げて頬ずりしてしまった。おーちゃんは満足そうに目を細めるとそのままわたしの首元に巻きついて、楽しそうに何か言っている。声のようなキラキラをタカノリ先生は眩しそうに見ていた。


「本当に仲良しなんだね。さすがの僕にも伝わってくるよ」

「ねえ。特にこの子が懐いててね、」


 自分が話題というのはどうにも気恥ずかしい。おーちゃんに顔を埋めるようにしているわたしの頭からは、さっきの十和田くんの様子が離れなかった。どうしたんだろう。気になる……十和田くんは気にされたくなんてないかもしれないけれど、でも。そう思っていたから、絢子さんの言葉にハッとして顔を上げた。


「せっかく来てくれたのに、拓海がごめんなさいね」

「久しぶりに会ったけど、また背が伸びたんじゃない? 拓君も成長期だねえ」

あきらさんも馨さんも背が高いしね、拓海もこれからじゃないかしら」


 輝さんというのは、十和田くんのお父さんだそう。それにしても、今も結構背が高いのにまだ伸びるのか……ちびっこからすると羨ましい。そう思っていると、遥ちゃんはそのままで可愛いよなんて、タカノリ先生がまた頭を撫でようとして気安すぎると絢子さんに怒られていた。


「はは、ごめんごめん。で、どうしたの? 聞いていいことなら聞くよ」


 家族同然の付き合いのタカノリ先生はごく自然にわたしが聞きたかったことを訊ねる。どうしよう、知りたいけどわたしが聞いていいのかな。

 でも絢子さんは隠す気はなかったようだった。


「輝さんが一時帰国するって連絡あったの」

「ああ……なるほど」


 パリン、と煎餅の割れるいい音が響く。バリバリと噛みながらタカノリ先生は面白くなさそうな顔をした。


「僕、あの人キライだぁ」

「そういうこと言わないの」


 軽くたしなめる絢子さんはこうして見るとタカノリ先生のお姉さんのよう。十和田くんの両親と妹さんは、仕事の関係で海外にいると聞いていた。どのくらいの期間行っているのかは知らないけれど、時々は日本に戻ることもあるんだろうというのは分かる。今回は一週間ほど、お父さんだけ帰国してくるらしい。

 家族のことを話してくれた時の十和田くんを思い出す。淡々とした口振りには感情が見えなくて……まるで他人のことを話しているようで、逆に何も言えなかった。


「愛情表現がちょっと不器用なだけよ」

「絢子さんを悪く言うような奴だよ?」

「私と拓海にでは接し方だって違うわよ。もう、相変わらず隆君は点が辛いわね。それに、私が馨さんよりずっと若かったのは事実だもの……輝さんは心配してくれてたのよ、家族として」

「心配、ねえ」


 初めて聞くことばかり、しかもタカノリ先生はあまりいい印象がないみたい。十和田くんとご両親の間にわだかまりがあるとは思っていたけれど。

 どうしたらいいかわからなくて、首元のおーちゃんを両手できゅっとしていたら、私に気づいた絢子さんが申し訳なさそうに微笑んだ。


「ああ、ごめんね遥ちゃん。びっくりしちゃった? まあ、とにかく、厳しい面もあるけど悪い人じゃないわ……今はちょっと、お互いにすれ違っちゃってるのよね」


 小さくため息を吐いて窓の外を見る絢子さんと、苦虫を噛み潰したようなタカノリ先生。沈黙は少しの間で、急に明るい声を出したタカノリ先生が、料理教室のバレンタイン特別講座のことに話題を変えて、その話はそこでおしまいになった。





 結局、十和田くんはわたしたちが帰るまでには戻ってこなかった。図書館だろうと言う絢子さんは、十和田くんの行き先については心配はしていないようだった。

 今日はこのまま仕事関係の新年会に行くと言うタカノリ先生がなぜか送ってくれることになって、わたしとコロは先生と微妙な距離を取って来た道を戻っている。


「駅まで遠回りになるのに、すみません」

「いいの、いいの。役得だから。それに、遥ちゃんともっとお喋りしたかったし」


 明るい笑顔で調子よく押し切られてしまったけれど。有名人のタカノリ先生は帽子を深めに被ってはいるものの、分かる人には分かってしまう。さっきからすれ違うひと、特にお姉さんが驚いたように振り返る。頬を染めてタカノリ先生を二度見して、ついで不思議そうにわたしをちらっと眺めていくのが気まずい……親戚の子だとでも思ってくれてるなら助かるけど。


「遥ちゃんは、拓君の家族のこと聞いてるんだよね」

「あ、はい。少しだけですけど」


 うんうんと満足そうに頷くと、ふと真面目な顔になった。


「……僕ね、あの父親好きじゃない。絢子さんが許してても、嫌い」

「え」

「十和田のおじさんはウチの親父と同級生でね。生まれた時から行き来していたから、親戚みたいな感じでさ。おじさんと絢子さんは年の差婚なんだ」

「絢子さんと歳が離れてる、ってさっきも言ってましたけど……」


 だって、タカノリ先生は確か三十歳ちょっとだったはずで、お姉さんもいて。そのお父さんとなると……五十代後半か六十歳超えてるくらいだろうか。絢子さんはお母さんと同じくらいだったから、あれ。二十歳近く離れている計算になる、のかな。それは確かにずいぶん差がある。


「十和田のおじさんに紹介されて初めて会った時、絢子さんはまだ大学生だった。小学生の僕との方が歳が近かったんだよ。それで、すごく反対してね」

「十和田くんのお父さんが、ですか」

「そう。おじさんのところはご両親とも亡くなっているから、身内らしい身内っちゃあお互いだけでね。二人っきりの兄弟で、相手の年の差を心配するのは分からなくも無いけど。でも、それまで疎遠だったのに文句だけは言って来るのがちょっとねえ。しかも絢子さんを疑うようなこと言ってさ……僕だってかなり頭にきたね」


 タカノリ先生は具体的なことは言葉を濁した。たった一人の身内に結婚を反対されて、籍を入れるまでにかなりかかったと言う。絢子さんは『愛情表現が不器用』な人なのだと言っていたけれど……。


「僕にとって絢子さんは初めて会った時からずっと “憧れのお姉さん” でさ。そんな彼女を悪くいう奴なんてね。それに何より、あの二人はすっごく仲良かったよ……最期まで、本当に」


 クリスマスの夜、レコードの上にそうっと針を落とした絢子さんを思い出す。その仕草も、回るレコード盤を見つめる目も、全部が優しかった。

 羨ましいね、そう言って空を見上げるタカノリ先生。その横顔は何だか、歳上と思えない感じだった。


「拓君を預けに連れてきたのは殆どがお母さんだったから、僕はもうずっと会っていないんだけどね。でも、性格ってなかなか変わらないじゃない? 拓君を見てれば、何を言われてきたのか想像つくよ」


 会いたくないだろうなあ、と独り言のように呟いたとき、わたしの家が見えた。



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『Ayakashi and the Fairy Tales We Tell Ourselves』
イラスト/ Meij 先生
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