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おとぎ話の時間です  作者: 小鳩子鈴
本編

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10/32

閑話

主人公友人(加賀美真央)視点

 

 正直、転入生の世話役なんてやりたくなかった。先生の意図は、割と目立つ位置にいて、他の生徒に少なからず影響力がある私が近くにいることで、色々な面倒を未然に防ごうということだろう。幼馴染のほのかも、私とは別方向に存在感があるし。

 でもだからと言って、せっかく二年生に上がって気心の知れたほのかと同じクラスになって喜んでいたのに。「面倒を避けるための面倒」を押し付けられた気分になった。


「まあちゃん、そんな顔しないで」

「出てた? だってさあ……」

「どんな子かなあ、転校生なんか滅多にこないから私はちょっと楽しみ。あの新しく作ったとこに越してきたんだよね」


 ほのかの言い分も分かる。私たちの住んでいるところはいわゆる都内のベッドタウン的な地域で、父母の若い頃に開発は一段落してその後の出入りがあまり無い。関東の中で割と何処へでも動きやすい場所にあるが、最寄駅が各停しか停まらず他に比べれば地価が安い為に家を持ち定住する人が多い……と、父が言っていた。要は、転出入というものがほとんど無いのだ。

 去年、学区のギリギリ端に出来た住宅街は久しぶりのまとまった開発だった。数年前に移転した私立高校の跡地に建つのは最初はタワーマンションの予定だったが、二転三転して結局、建売販売がメインの戸建てが並ぶ落ち着いた住宅街になった。

 年明けごろから入居者が入り始めたが、若い夫婦や、住み替えの老夫婦が多く、子どもはいても幼稚園や小学生が多いようだった。


 幼稚園、小学校からずっと同じメンツで過ごしてきている。中学になってここいらの三つの小学校がひとつにまとまった形だが、それでも何かにつけ交流があったので、顔見知りが多数を占める。そんななか、しかも二年生という中途半端な時期の転入生……良くも悪くも、注目度は大だ。


「……合わない子だったら、先生の言った一週間でサヨナラだからね」


 仕方ないな、というようにハイハイと返事をするほのかと職員室へ向かう足取りは重い。顔合わせして腹の探り合いをして、どこかのグループを見繕って根回しして……ああ、面倒。でも、放っておいてややこしいことになるのはもっと面倒だと、小学生の早いうちに身に染みて学んだ。私は中学生活こそは平穏無事に過ごしたいのだ。


 自分でもわかるほどの仏頂面で職員室の引き戸を開けた時、担任の机の側に黒いセーラー服を見つけた。


「あ、あの、北沢遥です」


 居心地悪そうに立つ姿は自信なさげで、それでも背筋だけは綺麗に伸びていた。

 毛先がくるんと内に巻いた肩につくくらいのボブ、はっきりした瞳と小柄な体はすごく、何ていうか……。


小動物リス?」

「まあちゃんっ」


 ほのかに勢いよく背中を叩かれた私のつぶやきは聞こえなかったようだ。困ったように小首を傾げて、ますますリスっぽい。何だこの子、本当に同い年? ちっさくて可愛い。小学生か。ストラップつけて鞄にでも吊るしたい可愛さだ。

 人当たりのいいほのかが早速話しかけている。


「セーラー服、可愛いね。珍しくない?」

「う、うん。前のところでもうちの中学くらいだった」


 この学校は普通のブレザーだ。よくあるタイプの濃紺色で、ベストに冬服はジャケット、白ブラウス。ボックスプリーツのスカート。黒いセーラーに白いスカーフはこの近辺ではまず見ない。

 前もって注文していたのにサイズを間違えられていて、再注文が届くのに一週間程かかるという話だった。確かにこの子の身長のサイズは在庫も多く置かないだろう。


「ちょうど新入生ので在庫切れしてるって言われて」

「そっかあ、でもいいなあ、セーラー着てみたかった」

「あ、いや、あの、目立つのは本当にムリ……」


 真っ赤になって話す。嫌味なところのない子、というのが第一印象だった。自己紹介をしあって、軽く校舎を案内しながら教室へ向かう。緊張しているんだろう、軽くつっかえながらも一生懸命話す様子に何となく絆された。


 教室に入ると予想通りすぐに囲まれて、ひとしきり大騒ぎだった。女子は興味津々で質問責めにして、男子は少し遠巻きにしながらそれに聞き耳を立てている。緊張のせいか、気のきいた返答は出来ていないが、反感を買うような言葉もない。ホームルームで改めて壇上で挨拶をして給食の時間まで、私とほのかの元に届いた小さいメッセージはどれも、転入生に好意的なものだった。


 昼休みは校内案内の続きをし、放課後は部活の紹介。今日明日はこの仕事のために私達もクラブ活動を免除されている……走りたかったから、そこは残念。でも、面倒だとはすでに思わなくなっていた。

 控えめながらもしっかりと自分の意見を口にする北沢さんは一緒にいて不快じゃない。私やほのかに媚びを売る様子もないし、第一「外面はいいが本能的に敵味方を嗅ぎ分ける」ほのかが愛想でない笑顔を見せている。


「クラブっていってもあんまり多くもないんだけどね。前は何部だったの?」

「あ、あのね、家庭科部」

「それならあるよ。でも、ほとんど帰宅部だから普段の活動はしてないんだ。一応、家庭科室が活動場所だけど……、ああ、ほらやっぱり誰もいない」


 ちょうど通りかかった教室を覗けば、鍵すら開いていなかった。


「あ、いいの、前もそうだったから」

「やっぱりそっちも? 文化祭の時に作品を展示するくらいだよね」

「大抵、塾や習い事で忙しい子がとりあえずで入っているんだけど、北沢さんもそう?」

「あ……うん、前はね」


 ちょっと言いにくそうに口ごもる。無理に聞く気はなかったけれど、隠す気もないようで話し始めた。


「バレエ習っていて、週三回だったから」

「ああ、だから姿勢がいいんだ! でも週三回って、すごいね。ずいぶん本格的」

「毎日の子も多いようなところだったから、なんだか私も行かなきゃいけない感じになっちゃって」

「へえ……、じゃあ、こっちでの教室はもう決まってるんだ?」

「ううん、辞めたんだ」


 あっさりと。そう、すごくあっさりと言い切った。今日話していた中で一番はっきりとした言葉だった。


「え、もったいなくない? 週三で、結構やってたんでしょ?」

「幼稚園の時から……もったいなくは、ないよ。嫌いになったわけではないし」


 ほのかは心から疑問のようだ。一つのことを極めたいタイプの幼馴染は、そこまで時間と労力をかけたものを手放すことが信じられないに違いない。


「コンクールや留学を頑張る子が多い教室だったから、ちょっと疲れちゃって」

「わあ、すごいところだったんだね」

「知らなかったの。ただ、一番家から近いところだったから。プロになりたいとか、留学したいとか、そういう情熱はなかったのに辞める機会もなくて続けてただけ……あと、それに、堂々とお菓子も食べたいし」

「やっぱりダメなの?」


 バレリーナといえば、あの細い体。ちょっといたずらっぽく笑って、北沢さんは肩を軽くすくめた。


「あ、絶対ダメってわけじゃないけど……いい顔はされない、かな。生まれてから一度もスナック菓子もチョコも食べたことないって子もいたよ。わたしは真面目じゃないから食べちゃってたけど。食事も家の中でその子の分だけ特別メニューって子も珍しくなかったなあ」

「わ……なんかすごいね、それ」


 本当に? まるでスポーツ選手とトレーナーみたい。そっか、バレエってそっち系なんだ。ううん、従姉妹が習っているけれどそんな風には見えないなあ……あの子ケーキもハンバーガーも好きだし。それを思えばやっぱり北沢さんの教室は趣味じゃなく、本気の子が習うところだったんだろう。

 レッスンは好きだったけど、目標が違うからだんだん温度差がついちゃって、と指先を見ながら呟いた。


「これからどうしようって思ってたら引越すことになったから……」

「そうなんだぁ……あ、じゃあ、脚とかぐーんって上がったりする? 見たい!」

「え、ここで?」

「うん、ほら手摺もあるよ」

「ほのか、ここは踊り場だよ」


 階段の途中でほのかが急に楽しげに言い出した。なんてことを言いだすんだ、確かに手摺はあるけどさ。私も見たいけどさ。ちょっと困った風にしながらも、ワクワクする四つの目に負けて、じゃあ少しだけ、と北沢さんは手摺を握った……その時の表情を、何と言ったらいいだろう。すっと周りの空気が変わった。

 全てが見えなくなったような。ここにあるのは手摺と自分だけ、そんな空気だった。


「……わあ」


 左手で手摺をキュッと掴み周囲を確認すると、少し離れていて、とこちらに気を遣う。

 具合を確かめる様に軽く屈伸して足を慣らし、右のつま先で二、三度床をこするようにすると、左足首、膝をすうっとなぞるようにして上がった脚は顔の前、横、そしてゆっくりと流れるように後ろへと。いかにもバレエっていうこのポーズは見たことがある。膝の裏が伸びた後脚、軸足も体幹もぶれる危うさがない。軽く体の前に上げた右腕の指先まで綺麗に整ったカタチに、これまでの練習が透けて見える。

 従姉妹の発表会で見たのとは違った。向こうは豪華な衣装でメイクしてステージで踊って、その時は綺麗だなって思った……でも今、階段の踊り場で制服のままの北沢さんの方がずっと『バレリーナ』だった。

 私の隣でほのかがあげる感嘆の声にパッと顔を赤らめると、そっと脚を下げた。


「……あの、高く上げるのだとこんな感じかな? スパッツ履いていてよかった」

「ああ、そうだった、ごめんね! パンツ丸見えになるとこだった、でもすごい、すごいね! まあちゃん、見た? ぐうーんって凄いの、余裕! 綺麗!」

「ほのか、アホの子みたいな感想になってる」


 そういう私も同じ様なことを思ったけれど。えへへ、と恥ずかしそうに手を髪にやって赤い顔のまま笑う北沢さんはやっぱりリスみたいで、さっきまでの静謐な雰囲気は全く見当たらなかった。




 放課後の校舎は人は少ないが無人なわけではない。教室に戻ろうと廊下を歩いていると、隣のクラスの扉ががらりと開いて急に男子が走り出て来た。


「っわ!」

「っと、悪い!」


 男子生徒が肩にかけた鞄がドンッと結構な勢いで運悪く北沢さんにぶつかった。慌てて手を伸ばしたほのかの支えもあって、よろめいたけれど倒れはしなかった彼女を振り返りもせずに、ぶつかった本人はプリント片手に足音高く走り去っていく。


「ちょっと! 」

「あ、大丈夫だよ、平気」

「そんな。ええ、大丈夫? 痛かったでしょ」


 後ろ姿に怒鳴りつける私に向かって、北沢さんはぶつかった肩をさすりながら笑ってみせた。


「そんなに痛くなかったし」

「随分急いでたけど、ちゃんと『ごめんなさい』くらいはしてほしいよね」


 小学生の謝り方みたいなことを言ってプリプリ怒るほのかに向かって、北沢さんは大真面目な顔で答えた。


「トイレに行きたかったんじゃないかな。きっと限界だったんだよ」

「え……」

「我慢は体に悪いよね、膀胱炎にもなるし」

「………ぷ」

「と、トイレって…」


 うんうん、と一人納得する北沢さん。私とほのかは数秒顔を見合わせて、笑ってしまった。

 なんだこの子。小さいのに、いや小さいの関係ないけど。一人だけ違う制服に困りきっているのに。すぐ真っ赤になるし決して気が強くもなさそうなのに。

 あんなに綺麗なポーズが取れるほど練習したバレエをスコンっと辞めて。一方的にぶつかった人を簡単に許して……しかも、トイレなんて理由をつけて。どう見ても、居残りの課題をとっとと提出して帰りたい奴なだけって分かってるだろうに、なんて平和的な理由を、この子は。


 なんか、もっと話してみたい。もっと近くにいてみたい。


「え、わ、わたし何かおかしいこと言った?」

「いや、おかしくない。おかしいけど、おかしくはない」

「えっ?」


 笑い転げる私たちにまた顔を赤くして慌てる。やだ、いい子だなあ。なんで小学校から一緒じゃなかったんだろう。


「平和だねえ、ほのか」

「ほんとだねえ、まあちゃん」

「えええ? なに、何かあった?」


 うろたえる姿も小動物っぽくて可愛い。笑いながら教室に入るとそれぞれ鞄を手にした……きっと楽しい二年生になる。


「ねえ、一緒に帰ろう?」

「え、えっ? う、うん、いいよっ」


 お互いを、名前で呼ぶようになるまであと少し。そんな出会いだった。





「……で、境。十和田ってどんなやつ?」

「おう? とうとう目覚めたか! いやあ、加賀美も女子だったんだなあ、って、うそ嘘、冗談っ」


 右手でグーを作ってギロリと睨むと大げさに頭をかばって身をすくめてみせる。こういうオーバーアクション、小さい頃から変わっていない。相変わらず変身ヒーローが好きなんだろうか。


「分かってるって。北沢さ……遥ちゃんだろ?」

「ええい、馴れ馴れしいっ、うちらの遥を勝手に名前で呼ぶな!」


 背後の昇降口を見やって少しだけ声をひそめる。友達の交友関係の詮索なんて、らしくない。分かっているけれど……十和田については知らないことが多すぎる。中学になってから、男子側の情報はあまり入ってこなくなった。そこは向こうもお互い様だろう。

 遥は気づいていないんだろうな、自分から話す唯一の男子の名前が十和田だけだっていうことに。ほのかみたいに自覚があればいいってもんじゃないだろうけれど。


「いいやつだよ、口数は多くないけど」

「あんたのサポートが出来るんだから、そんなことは分かってる。その他は?」

「ええ、バッサリ〜」


 そうだなあ、と考える横顔は、最近随分と大人びた。ずっと見下ろしていたはずなのに、ほとんど同じ高さになった目線。


「ん、まあ、心配すんなって。大丈夫だから」

「何を根拠にそんな、ちょっ?」


 突然くしゃくしゃと頭をかき混ぜられて、言いかけた言葉は止まった。


「遥ちゃんは加賀美の友達。十和田は俺の友達。友達大事なのはお互いさまだろ?」

「っだから、何で遥だけ名前でっ」

「あれ、ヤキモチ? やったあ、じゃあ加賀美のことも “真央” って呼んでいい?」

「気色悪いわ!」


 笑いながら逃げを打つ悪友を追いかける背後で、『二人の友達』が並んで校門を出て行ったことを知った私がこいつを追いかけるのは、また、後日。






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『Ayakashi and the Fairy Tales We Tell Ourselves』
イラスト/ Meij 先生
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