傷痕 2 後編
今日は仕事が忙しいのに、書いてる私。
お待たせしました、後編です。
夫の蓮視点になります。
眠くて力尽きました。
結果編いずれまた。
突然、会社に電話がかかってきた。
普段なら、この俺に対してアポイントも取らぬそんな電話は秘書室が穏便に断る。
それを秘書室長の清水がこの俺に取り次ぐのだから、この俺も何ごとかとは感じた。
どこかの御大からの急なお誘いか。
妻の周子はこの俺も驚くくらいの大物ぐらいの、すごいタラシだ。
それもきちんと意図してするたちの悪さだが、たまに天然で人をタラス時がある。
この天然にやられた奴らは本当に厄介だ。
学生時代から見てきた俺が言うんだ、間違いない。
学生時代からの周子の取り巻き連中の狂信ぶりは知ってるし、まだしぶしぶではあるが少しはこれでも我慢している。
子供の時代からの強烈な刷り込みは半端がない、引き離したところでまたすぐ湧き出すんだ、あいつらは。
俺も自分の取り巻きをみてそれがわかるし、仕事のできる奴らは今だに使う時があるしな。
ただ、俺がむかつくのは、いまだ俺を小僧扱いするこの国の重鎮、特にひと癖もふた癖もあるリーダー達に限って、いつのまにか周子が天然にタラシこんでいる事だ。
あの一番扱いが難しい、誰もが旧宮家出身の聡子刀自に一歩どころか数歩下がって接するのに、俺の周子はどこから見てもタメでやり合い、そして、周囲が驚くほど気に入られている。
まぁ、あの聡子刀自の件を初めて聞かされた時には、俺も腹をくくった。
周子が化け物と戦うというのなら、それでもし堕ちていくなら共に俺もここから堕ちていこうと決めた。
俺が周子の戦いに手を出したなら、周子がなんと思うか、だから俺はその時はただ一緒にいよう、そう思った。
周子が後塵にはいすと考えるだけでむかつくが、俺には俺の、周子には周子の生き方が、戦い方がある。
俺のこの人生で最高の出来事は最愛の周子と早くから出会え、そして手に入れた事だ。
本当に周子への思いにはキリがない。
毎日毎日底が見えないほど増えていく。
息子の遥の養育の手を早く外させたのは、周子には言えないが、俺のやきもちもある。
俺との時間を例え息子といえど渡したくなかった。
本当は仕事さえさせたくない。
けれど一度、珍しく俺が帰っても仕事をしている時があった。
一時間が待てる俺の限界だった。
だから俺は周子の仕事部屋に乗り込んで、背を向け座り数台のパソコンに向かう愛しい周子の背中を抱きこんだ。
ところが、振り向いた周子の俺を見るその眼差しの無機質の冷たさに、俺は自分の失敗を悟り、あんな眼差しで見られるくらいならと、それ以降、周子の仕事の邪魔はしないと心に誓った。
これがまた、俺の惚れた女の姿なのだから。
俺の両親は二人とも純粋培養の純血種で、上流社会では周囲に侮られる事など一切許さない癖に、ひどく綺麗に凛として立つ野生種の強さの周子にはどう接していいかわからないみたいだった。
いまだにあれはおろおろしているだけだ。
周囲の人間が周子に関しては間に入らないので、その状態のままだ。
何せ、良かれと周子付きにした人間を選んできたのは両親だ。
そのちぐはぐさのかけ違いの失敗の連続に、どうも俺も安西たちもどう手を出していいのかわからなくなった。
確かに両親からしたら年頃もちょうどいいし、周子も気安いはずだと思った人選だったらしい。
生粋の生え抜きをつけたら周子が緊張するのじゃないかと、良かれと思っての抜擢だったみたいだ。
両親には悪いが、周子はそんな簡単な女じゃない。
俺や安西が何を言っても、自分達が直接関われる、周子付きを選ぶ事に年がいもなくはしゃいだ結果があれだ。
それ以降、余計に周子にどう近づいていけばいいのかわからない両親は、孫の遥の教育に反動するかのようにのめり込んでいる。
最近、周子は忙しそうで、俺はこれでもふてくされている。
さすが周子だ、この俺がこんな思いを抱くなんて、俺を知るやつは誰ひとり信じないだろう。
寂しくて苦しくて、でも周子の邪魔をするような男にはなりたくない。
まあ、ここんとこ親父の親友の娘で幼い頃は我が家に入り浸りで、小学校にあがる前にアメリカにいっていた高橋家が帰国して、ひとりっ子の俺にとって妹同然のリカが俺を遊びに連れ出すのにまかせ、仕事の合間にも抜け出して遊んでやっている。
ちっこい時しか知らないし、よく写真やらビデオが送られてきていたみたいだが、あいにく俺は興味もなくて見ていなかった。
だから久々にリカに会って、何というか父親みたいな柔らかな気分になって、両親共々リカにかまっていた。
いつか女の子もいいな、と言ったら両親もうっとりと頷いて笑い声が溢れたのもつい最近の事だ。
それが、それがまさかこんな事になろうとは!。
すぐさま帰ってすぐに周子の姿を探し、遥の姿を探した。
いくら探してもその姿はなく、安西にも何をしていた!とぶざまな八つ当たりをした。
話しを、誤解だと、本当に話しをしたくても携帯さえつながらない。
悄然とする暇もなく、弁護士の到着を告げられる。
俺は自分に活を入れそこに向かった。
きたのは俺も知る、周子の中学時代からの取り巻き女だった。
それを見て余計に俺は余裕があるように、俺が相手を落とす時のとっておきの笑顔と声を使って久しぶりだな、と挨拶をした。
周子に狂ってるこの女にはきかなかったが、もうひとりの女にはその表情には出していないが効いたのがわかった。
俺は冷静に対応した。
内心のボロボロさを一切出さない自分にさすがだと自分を心の中でほめたくらいだ。
周子をもう一度取り戻す為に、俺の頭は高速回転していた。
こんな雑魚など相手にできない、時間がもったいない。
両親は俺の浮気騒動が社交界のもっぱらの話題だと聞いて、まさか、とぼう然としていた。
自分達の庭でもあり、それなりの付き合いもある。
ましてや自分達の手駒さえいるのに一切耳に入らなかったのはどれほどの異常のことか。
よほどの大物が俺たちをシャットダウンしていた、そうとしか考えつかない。
周子にやられた口の誰かが動いたか?
その事態に動揺する両親を抑え、俺は口では誤解だと繰り返しながら、頭の中では誰と誰が敵なのかと算段していた。
この俺も甘く見られたものだ。
いいチャンスだ、この際、老害どもには退場してもらおうか。
リカと腕を組んで歩く写真の数々を広げられたテーブルの上をチラリと見ながら、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。
この俺のこの写真の表情をきちんと見ろ!と言ってやりたい。
どこに男が女に向ける熱がある。
鼻で笑いながら、それを隠そうともしないで、お前など相手をするには役不足だと、逆らうのならこの俺が全力で叩き潰しにいくぞと目で馬鹿にして笑って伝えた。
お前らなど相手にしてなどいられない、一刻も早く周子を、遥を迎えにいくのだから。
次に剣呑な雰囲気を隠さず俺本来の獰猛な笑みを浮かべてやる。
さすが周子の取り巻き女だ、他の弁護士がビビっているのを隠せずにいるのにニッコリ
と笑ってきた。
そして俺に一枚の紙きれをニコリと笑い、しかしその目は怒りにもえて渡してきた。
それは病院の診断書だった、日付は2日前のもの。
但し、それがあった日はだいぶ前のものだ。
俺はそれを目にしてぼう然と女の話しを聞いていた。
周子が俺と別れようと決めたその日の話しを。
屋敷で急に痛みを訴え下腹部からの出血を確認Lした周子。
もちろん慌てて安西達と病院に向かう途中で、その車の中から俺とリカとが腕を組み笑ってデパートから買い物をして出てきたのを見たと。
腹部の痛みに苦しみながら、やはり間に合わず流産し、実の両親にさえ宿った事が気づかれぬまま消えた命に思う事があったという。
俺はガタッと立ち上り入口のドアに控える安西の元まで無意識に向かった。
きっと鬼の形相をしていたと思う。
何でだ!何で何も言わなかった!
安西の胸ぐらをつかみ引き倒し、そのまま殴った。
悲しかった、ただひたすら悲しかった。
安西に乗り上げたまま、自分が泣いているのを知った。
俺は自分で自分を殴りつけたくて、安西の横にドサリと仰向けになり、そのまま自分で自分の顔を殴りつけた。
鼻から血が流れ目もはれて、その時悲鳴と共に誰かが俺を止めようと覆い被さってきた。
そして、それぞれの腕を誰かがおさえ、そこに母の泣く声も聞こえる。
錯乱状態の俺を落ち着かせたのは安西の静かな声だった。
「私は斎宮寺の家と共に生きてまいりました。この血の一滴、髪のひとすじさえ斎宮寺家のものでございます。その私が若奥様に斎宮寺家の誇りというものを改めてお教えいただきました。目に見えない尊きものをいつしか当たり前にしか、まして当たり前すぎて感じる事さえもしなくなったそれを、若奥様には見える形であるのだという事を鮮やかにお教えいただきました」
「何ごとも若奥様はご自身の手でおやりになってしまいます。その若奥様からの初めての御命令でございました。何も言うな!と」
「もちろん御当主様へのご報告はしなければと、林ともども考えました。が、病院でじっとうつむきご自身の手をただ眺めているそのお姿の前に、若奥様の命に従おうと決めました」
「林ともども本来はすぐに辞表をだすべき所でございましたが、若奥様にせめての手助けができれば、と今日まできてしまいました。誠に斎宮寺家にふさわしいお方にございますれば」
俺は淡々と話す安西のその言葉を聞いて、憑き物が落ちたかのようになにもできなくなり、また泣いた。
俺の中のどこかが壊れた気がする。
周子がいなきゃ息をすることさえ苦しい。
俺は何を間違えた。
邪魔をするとか考える前に、そんな臆病風に吹かれる前に話しぐらいや、できなければメールできちんと伝えりゃよかった。
この手に落ちてきた幸運にあぐらをかいていたんだ。
この俺からは誰も周子を奪えるものかと信じていた。
俺はあの馬鹿書記と同じ事をした。
実際浮気なんかじゃなく、ちゃんちゃら笑ってしまえるレベルの事だったんだ。
だけど周子から、何も知らない周子から見たらとんだ裏切りだった。
あのプライドの見本市みたいな周子なのに。
こんな事をしでかした愚かな俺だが、周子だけは何があっても離せない。
さあ、しっかりしろ!
泣きながらでもいい、絶対周子の手を放すんじゃない。
俺はうぬぼれでなくいずれ全てを手にする力がある。
その俺が全力で取り戻したいんだ。
やってみせる。
何度もまた携帯を鳴らす、まだ繋がるそれに願いを込めて。
お願いだから、どうか俺にそばにいさせてくれ!
心の中で祈り続ける。
俺は死ぬまで亡くした子への思いを忘れないだろう。
愚かな俺を決して忘れない。
一晩中鳴らし続けた俺の携帯が朝方鳴った。
思わず俺はそれを手にとった。
聞こえてきた声は期待していたものじゃなかった。
「蓮にいさま、おば様の様子が変なの。リカが昨夜今日のランチにお誘いしたのに、断られたのよ。おば様が言うには、しばらく会えないとおっしゃるの。理由をお聞きしてもおっしゃらないの」
「それを私から聞いて、お父様がおじ様に心配されて連絡をとったら、今回のそちらの騒ぎを聞いたらしいの。お父様も同じ事をおっしゃるの。ご迷惑だからと」
「蓮にいさま、言ってやって下さらない?私が良かったわ!って言ったら、お叱りになるのよ。ねぇ、蓮にいさま、元々蓮にいさまと私の邪魔をするようなあんな浅ましい庶民の女よ。私が帰国したならそんな女いらないわよね、当たり前じゃない」
Г私がそう言ったらお父様ったら怒鳴られたのよ。本当に信じられない。私は斎宮寺家のきちんとした嫁になる女よ。お父様といえど不敬だわ」
「ねぇ、蓮にいさま、次のデートはどこにしましょうか?この間のスイーツもおいしかったから、またあそこにしましょうか?」
俺は思わず携帯を叩き切ってそのまま着信拒否にした。
俺は本当に馬鹿だ。
あぁ、俺は本当に馬鹿だ。
俺は頭を抱えてうずくまった。