月に着いたという可能性
嵐食堂。
「いつもの」
「はーい」
「お金です」
「どーも、ジームさん」
風人が席に座り、天丼を注文する。そして、ジームが裕子にお金を渡す。
「ふむ、タダというのは気分が良いな」
「あら、風人ちゃんは今までもお金払ってなかったじゃない」
「うるさい。そもそもだ、アンタは考え方がおかしい。俺は天丼を食べさせてもらっているのではない、食べてやっているのだ。俺という尊き存在に食事を捧げられる事をありがたく思え」
「たまにいるのよねー、『お客様は神様だ!』っていうクレーマー」
「おいおい、俺をクレーマー呼ばわりか?」
「まさか。風人ちゃんがクレーマーだなんて」
「そうだ。俺はクレーマーなんかじゃ……」
「それ以上よ」
ガクッ、と肩を落とす風人。そこに天丼が運ばれてきた。
「へへー、あなた様がご注文してくださったヘヴンズ(天)ボウル(丼)でございますよ。お口に合いますかどーか」
「普通に天丼で良い。それに俺は風だ、神様などという矮小な存在には収まらん。だから普通に話せ」
「普通になんかとんでもねぇです。おらの作った天丼さ食べていただけるだけで幸せでごぜぇやす。ありがたやありがたや」
「大丈夫か岬 裕子……」
隣にふざけた人がいながら食べた天丼は全く味がしなかったとか変な味がしたとか。
トレーニングルームから出てきたフェニックスは、ヒソヒソ声を耳にしていた。
「……はい、鳥人間、魚人、モグラ男だンチ。モグラ男は使い魔を召喚したンチ。奴等がどこの星の生き物なのか、何故地球を襲うのか、疑問は尽きないンチ。……疑問といえば、風人とやらも得体が知れないンチ。パックンチとしては、地球人じゃないと……」
「何してんだ、パックンチ」
「フェニックス!? ……あ、いや、これは……」
慌てて通話を切るパックンチ。フェニックスが誰と何を話していたのか聞いても、パックンチは答えなかった。
そこに、いきなり風人が現れる。何故フェニックスの基地の場所が分かったのか……などという質問は無意味だ。風人にそんな事を聞いても、どうせ風云々の話が返ってくるに違いない。
「フェニックス、出たぞ」
「え?」
「おかしいンチ! 機械は反応してな……あ、今反応したンチ」
「機械は俺より遅いようだな。……いや、当たり前の事か。風こそが最速だからな。行くぞ、フェニックス」
「あぁ」
風人が消える。フェニックスは基地を飛び出すと、機械の示した方角へ飛んでいった。
「陸と空を制するこのウサギ女様の前では誰も適わな……」
「ほざけ」
「ぐふっ!」
ピョンピョン跳び跳ねていたウサ耳女の腹に右膝をぶち込む風人。更に、風を使いウサギ女を回転させながら全身くまなくキックするというきめ細かな技を披露する。
「陸と空を制するだと? その二つは……いや、それ以外すらも、全てのフィールドを制するのは俺だ」
「出会い頭に何発キックかましてんのよ!?」
「2010発だ。2(ふ)0(う)10(と)で覚えやすいだろ?」
「知ったこっちゃ無いわよっ! こうなったら最終奥義のチャージバーストを……」
ウサギ女が両腕を十字にクロスすると、徐々にその交点に赤いエネルギーが溜まっていく。
……だが、風人が黙って見ているはずもなく、風でウサギ女を吹き飛ばした。溜まっていたエネルギーも全て消える。
「ちょっ、アンタ、チャージの間くらい待ちなさいよ!」
「知るか。大体、そういう技は仲間が援護してくれてる時にやるもんだろ? お前みたいなボッチが使ってんじゃねーよ」
「ボッチじゃないし! 故郷に帰ったら彼氏だっているし!」
「じゃあ帰れや田舎者」
フェニックスが上昇気流を起こし、ウサギ女を宇宙空間まで吹き飛ばした。彼女が故郷に着いたのか……はたまた天国に着いたのか、それとも地獄か、それは誰も知らない。
「とんだ噛ませ犬だったな……いや、ウサギか」
「風人すまない、遅れた!」
そこにフェニックス到着。
「遅すぎるぞ。もう倒した」
「え゛」
「お前、もう少し速く移動出来んのか」
「あのねぇ、アンタの瞬間移動と比べられちゃ困るんですけど」
「じゃあ俺より早く移動を開始しろ」
「未来予知も出来ません」
「使えんな……」
「すいませんねぇ……」
互いにため息をつくのだった。