契約
「化け物が金を持っていないなら、働いて稼ぐしかないな……。おのれ岬 裕子……風である俺を一点に留まらせる気か……?」
空中を歩くように進んでいく風人。そこに、火炎の翼を生やしたフェニックスがやって来た。
「風人、やったのか?」
「あぁ。スキューバダイビングの男は?」
「近くの岩場に避難させた。やっぱ流石だなお前は」
「当然だ……風こそが最強最速、風こそが正義だからな。炎なんて弱小なものはたちまち消し去る」
「あ、さらっと俺が弱小発言」
「……口が滑った」
「あ、滑ったんだ。本音なんだ」
風人がめんどくさそうにフェニックスを見る。
「大体、何の用だ? 俺の後をついてきて」
「分かってるだろうが、俺には奴等を倒す力は『まだ』無い。間違うなよ、あくまで『まだ』だ。しかし、今は無い。だから風人、お前に俺達と組んでほしい」
「風は何にも与しない。ただひたすら流れ続ける」
「さっき働くとか」
「岬 裕子は例外だ。あれは言うなれば、風における波止場。俺はそこに不運にもぶち当たったのだ。だが、奴以外の者に止めることなど出来ない」
金の話になり少し声を荒げる風人。フェニックスは心の中で密かに笑いつつ、風人に言った。
「まぁ、話だけでも聞いてくれ。風人、お前にも悪い話じゃない。俺達はお前という強力な戦力を得られ、お前は……金を得る」
「……何だと?」
「詳しい話は別の場所でやろう。俺達の基地に来てくれ」
フェニックスは心の中で風人を嘲笑っていた。
何だ。風は掴めないとか言いながら、金の話を出したらイチコロじゃないか。これで俺は風を掴むことが……
「何故俺がお前達の基地まで赴かねばならん」
「え゛」
「俺はお前に何度この話をすれば良い? これで最後にしろ……俺は風だ。風の行く道は風が決める。俺が話す場所を指定するから、お前達がそこに来い」
「い……いや、俺達の基地の方が話しやす……」
「フェニックス」
風人がフェニックスを諭すような目で見る。
「追い風と向かい風、走るならどちらが速い?」
「そりゃあ、追い風……」
「ならば俺に従え。俺の進む方向へ走れ。それが近道だ」
風人がフェニックスに一枚のメモを投げ付けた。そこには、嵐食堂の住所が書かれている。
「今日の夕飯時に来い。持参するものは……3万と夕飯代で結構。さらばだ」
風人が消える。フェニックスはしばらく呆然としていたが、いきなり空に向かって叫び出した。
「だぁちくしょぉぉぉぉぉ! ぬぁにが風だぁぁぁぁ!」
結局、風を掴めたのは一瞬だけだったフェニックスであった。
そして夕飯時。先に来たのは風人である。
「あら風人ちゃん、お金は?」
「来て早々それか……。大体アンタ、まだ20代前半だろ? 何でこんな食堂やってる?」
「あら、10代後半で俺こそが風だぁーとか言ってる人には言われたくないわねぇ。それより、お金よお金。3万円」
「案ずるな。風は気ままだが、約束は守る」
風人が窓を開ける。そよ風が髪を揺らした。
「あと5分だ。5分で金はやって来る」
「……?」
そして5分後。フェニックス、その肩に乗るパックンチ、そしてジームがやって来た。
「失礼しまーす」
「お邪魔するンチ」
「どうも」
「来たようだな、フェニックス。そいつらがお前の仲間か?」
「あぁ。ほらジーム、例のブツを」
「……はい」
ジームが財布を取り出し、風人に3万と千円を手渡す。そしてその金は、そのまま裕子へと回った。
「天丼だ」
「風人ちゃん……脅したの?」
「馬鹿を言うな。これは公正な取引で手に入れた金だ。ありがたく受け取れ」
「すいません皆さん、ウチの風人がご迷惑を……」
「人の話を聞け。何がウチの風人だ」
苦笑いするフェニックスとジーム。だがパックンチはしかめっ面のまま、風人の肩に乗り移った。
「何だ、虫。主人を鞍替えか?」
「黙ってろだンチ。今からお前の力を測定するンチ。まさかフェニックスより強い奴がいるなんて……」
「おいパックンチ……」
フェニックスの制止を聞かず、パックンチは風人の測定を始めた。
……そして、地面にポトリと落ちた。
「パックンチ!」
フェニックスが拾い上げる。
「そ、そんな……信じられないンチ……。こんな膨大な力は初めて見たンチ……!」
「虫よ。風の大きさを計ろうとするなど、ナンセンスにも程がある。無駄な事はよせ。それより、さっさと本題に入ったらどうなんだ? 風が通り過ぎる前に話しておかないと、後悔するぞ」
風人が席に座り、足を組む。同時に、天丼が運ばれてきた。悠々と食べ始める風人。フェニックスとジームはため息をつくと、向かいの席に座った。
「本題っつっても、契約の確認みたいなものだけどな。お前はあの化け物達を倒し、俺達はお前に金を払う。で、その払う金をいくらにするかだが……」
「なんだ。決めていないのか?」
「あぁ、風人自身に決めてもらった方が良いと思ってな。いくらにする?」
「考えるの面倒だな……よし」
風人が箸を置き、フェニックスとジームを見た。
「金はいらん。代わりに、俺のここでの食事代を全て肩代わりしろ」
「……分かった」
「よし、話はこれで終わりか?」
風人が再び箸を持ち、天丼を食べ始める。フェニックスとジームは顔を見合わせると、ジームが答えた。
「一応、終わりということになりますが……」
「なら、俺からお前達に質問がある」
「風人から?」
「あぁ」
天丼を頬張りながら、風人は続けた。
「お前達の、『ホントの』メリットは何だ」
「……え? いや、お前がアイツらを倒してくれれば……」
「それは、お前達に言われなくてもやっていた。つまり、契約してもお前達が得るものは何もない、むしろ金が減る。それは分かっているはずだが……何故お前達は俺と契約する?」
「…………」
二人が唖然とする。まるで、全て見抜かれているようだった。だが、二人は話そうとはしない。
「黙秘……か。まぁ、良いだろう。俺は飯を食えれば十分だ」
いつの間にか、風人は天丼を完食していた。そして店の出口へ走り出す。
「行くぞ、フェニックス」
「行く? どこにだよ」
「敵だ」
風人が消える。フェニックスは、慌てて店を飛び出した。