お金って簡単に稼げないからね
昼下がりのファミレス。ドリンクバーの氷が溶ける音を聞きながら、Aは遠い目をして切り出した。 「子どもの頃さ、お母さんが読んでくれた絵本覚えてる?」 「急にどうした」 Bは手元のメニューから目を上げずに応じる。 「『お金って簡単に稼げないからね』ってやつ」 「道徳の基本中の基本だな」 「あれさ、逆に今思うと重くない? 努力、汗、真面目・・・それ以外のルートを、全部閉じてくるんだよ」 「うわー、確かに重いわ」
Aは身を乗り出し、熱を帯びた声で続けた。 「でもさ、絵本って“可能性”を教えるもんだろ? だから、別の絵本があってもいいと思うんだ。『お金って簡単に稼げないからね “別案”』っていう」 「別案こわいな・・・」 「内容はシンプル。主人公が考えるんだ。『じゃあどうする?』って。で、選択肢が出る。詐欺か、偽札か」 「最悪の二択だよ! 『努力』の対義語が『犯罪』かよ!」
Bは呆れ果て、テキトーに話を合わせた。 「もうアウトローの英才教育じゃん。・・・昨日観た映画の銀行強盗、カッコよかったよ。それでいいんじゃん?」 「なるほどな、採用! 三択にしよう」 「入れんなよ」 「どんな感じだった?」 「・・・まあ、正直カッコよかったよ。全員、優秀な人材ばかりだから、マルチタスクがあってさ。仕事の合間にサクッとやるんだ」
そこから、二人の妄想は加速した。Aの頭の中には、エリート集団による「ランチタイム強盗」の光景が鮮やかに浮かび上がる。 「リーダーはコンサル。スケジュール管理が神だから、作戦のタイムテーブルが秒単位で完璧。ハッカーはIT企業のエンジニア。昼休みにコーヒー飲みながら、リモートで銀行のシステムに侵入するんだ」 「リモート侵入! 現代的すぎだろ」 「移動はタクシー配車のAI開発者。最適ルート計算で、警察の追跡を全部かわす。で、運転するのが――」 「誰?」 「ギンジさん。八十代」 「不安! 免許返納の時期だろ!」
Bのツッコミを無視して、Aは陶酔したように続ける。金庫破りは精密機器メーカーの技術者が弁当を食べながら十五秒でクリアし、終われば全員黒スーツで午後の会議に普通に参加する。 「デキる会社員だからこそ、目標数値の達成率を真摯に分析し、次回の施策にフィードバック。決定事項はすぐに議事録にまとめて共有するんだ」 「証拠残してどうするんだよ! 一番やっちゃいけないことだろ!」 「安心しろ。運転士のギンジさんは、穴を掘るのも得意なんだよ」 「急にアナログ! さっきまでのスマートなエリート集団どこ行ったんだよ!」
「そっかー、強盗に決まりだな!」 完全に興奮したAに、Bはふと冷めた声を出す。 「・・・でもな、これ全部、エリートたちがバーでシャンパン片手に語り合ってる『空想』なんだよ」 「え、空想なの? ・・・そっか、オレ強盗やる気だったのに」
その時だった。二人の背後に、制服を着た男が音もなく立っていた。 「あ、警察!?」 Bが焦って立ち上がる。「ご、ご苦労様です!」 警察官は、冗談の一つも通じそうにない真面目な顔で手帳を取り出した。 「ちょっとお話いいですか」 Aは顔を引きつらせ、周囲の客席を次々と指さした。 「誰か・・・誰か通報しましたよね!? これ、空想ですよ!」
往生際の悪い言い訳を叫びながら、二人はズルズルと連行されていく。 窓の外の現実は、やはり冷たく、正しかった。 ――お金は、そう簡単には稼げないのだ。




