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8 戻る客
戸口の鈴が、鳴った。
「……?」
閉店のはず。
私が振り向くより先に、影が前に出る。
「今日は閉店だ」
低い声。
それでも、戸の向こうから、やわらかい声が返る。
「少しだけ。
甘いものを、いただきたい」
―――昼の客。
灰青の髪の医者。
「……どうして」
私の言葉より先に、朧が一歩、影を進めた。
「帰れ」
「つれないな。
診察じゃない。
“味”を確かめに来ただけだよ」
“味”。
その言葉が、嫌なところを撫でる。
私は、鍋を火から下ろした。
(……逃げない)
玉兎を抱き上げ、深呼吸する。
「……少しだけなら」
朧が、ちらりと私を見る。
止めない。
でも、影が、私の半歩前にある。




