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4 仕込みの時間と舌に残る違和感
澄んだ鶏出汁を温める。
生姜、白ねぎ、香味野菜。
唐辛子は控えめに、香りだけを立たせる。
火にかけると、
じんわりと温かい匂いが立ちのぼる。
(この匂い……落ち着く)
胸の奥のざわめきが、少しだけ静まる。
小鉢の準備。
柚子とクコのピクルスは、酸味を丸く。
蒸した大根と人参に、黒胡麻だれを細く回す。
最後に、棗はちみつラテ。
ミルクを温め、棗のペーストを溶かし、
星みたいに砕いたナツメグをひと振り。
「お待たせしました」
火伏せ辣湯を運ぶ。
湯気は穏やかで、強すぎない。
客は、湯気を見つめてから、スプーンを取った。
一口。
間。
「……優しい味だ」
「辛すぎないように、調整しています」
「なるほど。
“鎮める”料理だ」
視線が、私に向く。
ぞくり。
「君、名前は?」
「美千流です」
「美千流……」
名前を口にするだけなのに、
舌に転がされるみたいな感覚。
「人の名前はね、味に似ている」
その言葉に、胸の奥がひり、とした。
私だけが“味で人を見る”と思っていたから。
「……そうなんですか?」
「甘い人も、苦い人もいる。
まだ定まらない人も」
スープをもう一口。
「君は―――
まだ、決まりきっていない味だ」
意味が分からない。
でも、分からないこと自体が、少し怖い。
その瞬間。
背後で、影が揺れた。
朧の気配が、ぴり、と張りつめる。




