母が「気持ち悪い」と言った理由(3)
「……うなされていたな」
いつの間にか、布団の横に影が立っていた。
薄く目を開けると、朧がこちらを見下ろしていた。
「ごめんなさい。
起こしました?」
「いや。
お前の霊気がざわついていたから、勝手に見に来ただけだ」
勝手に、って。
「夢に、母親が出てきたか」
「……朧さんって、やっぱりちょっと怖いですね」
「事実を言っただけだ」
朧は言葉を区切り、少しだけ目を伏せた。
「“捨てられた記憶”は、長く生きても消えない」
「それでも、捨てずに持っていることを選んだお前は、強い」
まただ。
その言葉に、心のどこかがじん、と温かくなる。
「……ねえ、朧さん」
「なんだ」
「もし、あの人が“捨てた側”だとしたらさ」
少しだけ、声が震える。
「わたしは、“捨てられた側”じゃなくて、“捨てなかった側”でいたいです」
「たとえば?」
「“気持ち悪い”って言われた記憶も、じいちゃんが拾ってくれたことも、今日みたいに朧さんが守ってくれたことも」
「全部捨てないで持ってて、その重さごと“わたし”って思えるような」
朧は、しばらく黙っていた。
やがて、ふっと小さく笑った気配がする。
「なら――」
氷色の瞳が、闇の中で静かに光る。
「“捨てられた側”の借金取りとしては、それを見届ける義務があるな」
「……“捨てられた側”?」
思わず聞き返した私に、朧は、短く答えた。
「俺も、“捨てた者”と“捨てられた者”を両方見てきた」
「だからこそ、お前が今選んだほうの生き方に興味がある」
「……朧さんって、本当にずるい」
「どこが」
「そう言われたら、“半年で終わる”って言われても簡単に諦められなくなるじゃないですか」
「いいことだ」
即答だった。
「諦めずに持ち続ける“厄介な気持ち”は―――
妖の世界でも、簡単には真似できない」
それは、最大級の褒め言葉のような気がした。
布団の中で、私はやっと小さく笑えた。
「……じゃあ、“厄介な半妖”として、これからもよろしくお願いします」
「請け負った」
朧の影が、そっと部屋を出ていく。
その背中を見送っているうちに、私はようやく深い眠りに落ちていった。
“捨てられた記憶”も、“捨てないと決めた自分”も抱えたまま。




