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4  影が消えたあと

階段の踊り場に静寂が落ちた。


さっきまで甘さで満ちていた空気は、嘘みたいに澄んでいる。


私は大きく息を吐いた。


「……終わった、んですか?」


「影は消えた。

だが、残った“願いの欠片”がまだある」


朧は階段の手すりに触れ、指先を軽く払った。


すると、白い煙のようなものがふわっと浮かぶ。


その煙は、甘さの欠片のような、“何かを誰かに渡す途中の気持ち”だった。


「これは……?」


「子どもたちが階段に置いていった“感情の破片”だ。

本来ここにあるべきではない」


朧はひとつひとつを影に吸わせるようにして、丁寧に回収していく。


怒っていた時とは違う、驚くほど静かで優しい動きだった。


「返してやらないと、人間の心に穴が開いたままになる」


「……優しいんですね」


言ってから気づいた。


たぶんこれは、朧が言われ慣れていない言葉だ。


案の定、彼は一瞬固まった。


「優しくはない」


「いや、優しいですよ」


「仕事だ」


「それ、便利な言葉にしてますよね」


朧は、なにか言いかけて、結局黙った。


でも私は知っている。


影に飲まれそうになった私の手をあんなに強く掴んで、抱き寄せてまで守ったのは、仕事なんかじゃなく、“朧自身の意志”だ。


(……照れてるのかな)


その沈黙の温度でなんとなく分かる。


影を全部回収し終えたあと、朧は私を振り返る。


「帰るぞ」


「彼女たちの様子は?」


「外で待っている。ここの甘さが薄れたら、自然に気が戻る」


私は踊り場をもう一度見回した。


もう、ただの階段だ。

――――いや、“満月の踊り場”だった場所、だ。


「……なんか、ちょっと寂しいですね」


ぽつりと漏らすと、朧が眉を寄せた。


「なぜ寂しい?危険なものだったのだぞ」


「うん。でも……」


私は胸の奥を確かめるように言った。


「“願い”って、本当はすごく綺麗だったり、すごく苦しかったりするのに、それを“いらない”って思っちゃう気持ちも分かるから」


私自身、何度も願いを“捨てたほうが楽かな”と考えたことがある。


母の言葉。

祖父を失ったこと。

父への思い。


抱きかかえて生きるには重すぎることが多かった。


「だから、影がちょっとだけ寂しそうに見えたんですよ」


朧は何も言わず、ただ私を見ていた。


その目は、氷色なのに不思議と温かい。


「……お前は本当に、人でも妖でも“捨てられなかったもの”ばかり拾う」


「悪い癖ですか?」


「いや」


朧はゆっくりと首を振った。


「それが、お前の強さだ」


胸が熱くなった。


(そんなこと言うんだ……)


声に出さなくても、心の奥にその言葉がずっと残る。

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