4 “願いの階段”の匂い
少女を席へ案内し、私は湯を注いだ。
「《宵待ちの棗茶》です。
眠れない夜が続いている人に出すお茶なんです」
少女は両手で湯呑みを包み、ほっと息をついた。
少女の話は、昨日の続きだった。
「友達が……今日の放課後、あの階段に行くって。
“もう一度だけ願いたい”って」
声が震えている。
「昨日より、目が暗くなってて……
笑ってるのに、なんか、怖くて」
(そうだよね…)
私は少女の“匂い”をかぎ取る。
甘さの奥にあるのは、友達を見失いたくない必死さ。
その必死さがあるから、少女は階段に飲まれていない。
「わたし、どうしたらいいかよく分からなくて……
でも放っておけなくて……」
「……満月は三日後ですね」
私は静かに言った。
「その夜、その階段を見に行きます」
少女は驚いた顔をしたが、すぐにほっと緩む。
「ひとつ条件があります」
私は厨房側を指した。
「わたし一人じゃ行かない。
朧さんも一緒です」
「当然だ」
氷の声が返ってくる。
「人間の“願いの残滓”は妖より厄介だ。
美千流、お前一人で行かせるわけがない」
(心配してくれてる……?
いや、たぶん言っても否定されるやつ)
少女は、心底安心したように頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「いいよ。
ただし、満月の夜は危険だから一緒に行かないとダメ」
少女が帰り、店に静けさが戻る。
私は、少女が座っていた椅子の下に、小さな欠片が落ちているのに気づいた。
石とも木ともつかない。触ると、ひやりと冷たい。
(……これ)
甘さの奥に、ざらついた苦味。
“願いの残り香”だ。
私は、布巾に包んでそれをしまった。
この時はまだ、
それが後に“階段のかけら”と呼ばれるものだとは知らなかった。
朧がぽつりと言った。
「……あの子の“願いの味”、強くなっていた」
「分かりました?」
「当たり前だ。
甘さの奥に、わずかに“喰われかけている”匂いがする」
「やっぱり……」
私は鍋を拭きながら深呼吸する。
「朧さん、行きますよね」
「行く。
だが――」
朧は真正面から私を見た。
「お前、絶対に“願うなよ”」
喉がつまった。
「……わたしが、“願う”と思います?」
「思う。
半妖のお前は、妖より“心が柔らかい”。
“願いを餌にするもの”には最も狙われやすい」
その言葉は、事実なだけに反論できない。
父のこと。
祖父のこと。
叶わない願いを、私は胸に抱えている。
(でも)
「大丈夫です。
……わたし、誰かに願いを叶えてもらうの、きっと嫌です」
「なぜだ」
「それはもう、“わたしじゃない”から」
朧が、わずかに目を細めた。
「……本当に、お前は”叶えられなかった側”に立つのが好きだな」
「褒めてます?」
「褒めている」
即答だ。
(なんか……照れるんだけど……)
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