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遠野の薬膳カフェは妖客歓迎です。なお、店主の身柄は妖界で高値らしい。  作者: 兎月 なごみ
第1章 薬膳カフェ『千の実』は今日もにぎやか
10/22

1 香りで満ちる店と、朝の妖

朝――。

遠野の山間は、まだ少し霧を含んだ空気をまとっていた。


築百年近い古民家を改装した『千の実』は、朝陽が射し込むと、乾燥中の薬草たちが黄金に揺れる。


天井の梁。

壁に吊るしたなつめや陳皮。

棚に並ぶスパイスと薬膳茶葉。


その全部が、日が昇るたびに違う“香りの交響曲”を作ってくれる。


「……よし。今日も開けますか」


祖父の頃から続けている“開店の一言”。

口にすると、店の空気がふっと柔らかくなる気がする。


土間の釜で湯を上げ、香味油を準備し、鉄鍋で玉ねぎを炒め始める。


じわ……っと立ち上がる香り。

生姜・黒胡椒・八角・山椒。

そこへ昆布と鰹の出汁が合わさって、店じゅうが満ちていく。


今日の主役は、《炉端香る和スパイスキーマ》。

千の実の定番で、“迷い払い”の効能を持つ一皿だ。


妖は、本来この香りを好まない。

人の暮らしに紛れて生きる者もいるが、

多くは火や調理の匂いを「人間の営み」として警戒する。


霊に敏い土地柄なのか、あるいは、香りの奥に混じる“別のもの”に引かれたのか、この香りに釣られて天井裏がごそりと動いた。


「おはよう、座敷童くん。今日も早起きだね」


小皿に甘納豆を置くと、空気がふわっと甘くなる。


千の実では、朝の機嫌を整える甘味も立派な“薬”だ。


(機嫌いいな、今日は)


座敷童は気配の甘味が変わる。


砂糖を焦がしたような味がしたら“怒り”、麦飴みたいな香味なら“上機嫌”だ。


今日は後者。


妖は甘いものを好む。

それは「味覚」ではなく、

人の恐れや欲と同じ、エネルギーの匂いだからだ。


いい日になるといいな。

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