1 香りで満ちる店と、朝の妖
朝――。
遠野の山間は、まだ少し霧を含んだ空気をまとっていた。
築百年近い古民家を改装した『千の実』は、朝陽が射し込むと、乾燥中の薬草たちが黄金に揺れる。
天井の梁。
壁に吊るした棗や陳皮。
棚に並ぶスパイスと薬膳茶葉。
その全部が、日が昇るたびに違う“香りの交響曲”を作ってくれる。
「……よし。今日も開けますか」
祖父の頃から続けている“開店の一言”。
口にすると、店の空気がふっと柔らかくなる気がする。
土間の釜で湯を上げ、香味油を準備し、鉄鍋で玉ねぎを炒め始める。
じわ……っと立ち上がる香り。
生姜・黒胡椒・八角・山椒。
そこへ昆布と鰹の出汁が合わさって、店じゅうが満ちていく。
今日の主役は、《炉端香る和スパイスキーマ》。
千の実の定番で、“迷い払い”の効能を持つ一皿だ。
妖は、本来この香りを好まない。
人の暮らしに紛れて生きる者もいるが、
多くは火や調理の匂いを「人間の営み」として警戒する。
霊に敏い土地柄なのか、あるいは、香りの奥に混じる“別のもの”に引かれたのか、この香りに釣られて天井裏がごそりと動いた。
「おはよう、座敷童くん。今日も早起きだね」
小皿に甘納豆を置くと、空気がふわっと甘くなる。
千の実では、朝の機嫌を整える甘味も立派な“薬”だ。
(機嫌いいな、今日は)
座敷童は気配の甘味が変わる。
砂糖を焦がしたような味がしたら“怒り”、麦飴みたいな香味なら“上機嫌”だ。
今日は後者。
妖は甘いものを好む。
それは「味覚」ではなく、
人の恐れや欲と同じ、エネルギーの匂いだからだ。
いい日になるといいな。
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