5.『森のくまさん』
「信じらんない! 信じらんない! なんでもくれるって言ったのはあの領主じゃん!」
「馬鹿かよ。魔王のグリモワールをそう簡単にくれる訳がないだろう」
「あーもう! むしゃくしゃする!」
アオケシは、不可侵の森で鉈を振り回し、周りの草木を倒してストレスを発散し、後ろでメハジキは、そんなアオケシを無視して周囲の警戒をしていた。
「仕事をしろ。今回は不可侵の森から街まで下りてくるライオネルベアーの討伐と、魔導書の影響調査だ。真剣にやらないとお前の好きなゴミ溜めがどうなっても知らねえからな」
「だぁ! 分かっているけどさ! 仕事中は本も読めないし! 獣は殺しても、ろくな知識が私には入ってこないから、つまらないんだよぉ!」
駄々っ子のようにアオケシは、その辺の木を思いっきり蹴飛ばした。
「痛えな! なに蹴飛ばしてくれとんじゃ! ボケナス! ガチガチにして肥料にするぞボケぇ!」
「……ねえ! メハジキ! なんかこの木喋った! キモイ!」
「お前! それは、ドリュアスだぞ! すぐに謝れ! 木の形をした生き物で……礼儀良く謝れば……」
そこまでメハジキは話して後悔した。
知識を求める狂人の目の前に未知の存在。狂人のとる行動は一つであった。
緑色の仮面を被ると、マスクの裏、アオケシはにやりと笑っていた。右手には肩にかけていた鉈をドリュアスの顔面に思いっきり打ち付けた。
「……ありゃ? まだ死んでない。やっぱり体は木だから、人間より力を強くしないといけないのか」
「お、お前! そんなことしたら……」
『カチコミじゃあぁぁぁ! 人間どものカチコミじゃあぁぁぁ!』
『『玉とったれボケナスがぁぁぁぁ!』』
メハジキの忠告を軽快に無視したアオケシの一撃。
ドリュアスは、人間の顔の位置を器用に移動させ、完全に怒った表情で叫ぶと周辺の木から顔が浮かび上がり根っこを土から掘り出すと人間のように、メハジキとアオケシに襲い掛かって来た。
「あははは! この木、木の癖に、落果の人たちみたい!」
「アオケシ! おまえなぁ! あぁぁもう! クロノワール! 加速! 停止! 指定、拳!」
「ぎゃはははははは! やっぱりアオケシの姉さんは、見てて、飽きねえわ!」
クロノワールが、メハジキの体内から出てくると、メハジキの身体に魔方陣が生成させる。
瞬間メハジキは、人間の出せる速度を優に超え、その手刀は、たやすくドリュアスを両断した。
「……何それ! メハジキってそんな強かったの? と、おっとと……」
アオケシは襲い掛かってくる木の枝を鉈で引き裂きながら、メハジキを興味津々で見る。
「ぎゃはは! そりゃあ、俺の契約者様だぜ!」
「クロノワール黙れ!」
時間のグリモワール、クロノワール。
契約者に時間関係の魔法を一時的に付与する魔導書。ただ代償も大きく使用できる人間は限られる分能力は絶大。
「遅い! これなら何体いても余裕だ!」
加速のページ。
反応、身体移動の速度を上げるページ。使用者は、その分心臓に負担がかかる。
「停止! 指定、拳! 足!」
停止のページ。
指定部位を停止させ、停止していない物と当たった際に、停止していないものは、まるでチーズのように簡単に裂けていく。
使うたびに指定部位のみ成長が止まるため、バランスを間違えるとホルモンバランスが崩れ、体調を悪くする。
他にも様々なページがクロノワールにはあるが、メハジキが使うのは主にこの2ページ。
この2ページでこの世界に害を与える転生者や魔導書を何人も倒してきたメハジキが最も信頼する2ページ。
「すごい! かっこいい! 流石クロちゃん! メハジキ! 死んだらすぐ私がクロちゃん使ってあげるから安心して死んでね!」
「おら! いい加減にしろ! この木炭ども全部ぶっ殺したら、次はてめえの番だからな! アオケシ覚えていろ!」
メハジキは、ドリュアスに囲まれ、無数に走る木の枝を、飛び上がり避けると、枝の一本に着地、そのまま、走って、ドリュアスに向かい、手刀でドリュアスを一閃する。
『ぎゃああぁぁぁ!』
『アニキ! てめえら! ただ俺たちはもりで平和に暮らしていただけなのに! ふざけやがって! ぜってえぶっ殺してやる!』
叫ぶドリュアスであったが、戦闘の始まったメハジキは、いたって冷静にドリュアスを見ていた。
「何が無害だよ。人間を殺して、自我を得る害獣だろう? お前らは見つけ次第、処分。血部厚不可能なら逃亡が推奨されているんだよ。俺は、あまり、クロノワールを使いたくなかっただけだから……こうなったら処分一択だよな」
「ぎゃはは! そんなこと言って、ノリノリじゃねえか! メハジキ!」
「うるせえ」
表情の変わらないメハジキを笑うクロノワール。
ドリュアスたちは、どんどん増え、メハジキを狙い鋭利な枝先を飛ばすが、メハジキは、そのすべてを避けきりどりゅあすをころしていく。
それはどこか楽しそうに。
そして、全てドリュアスを倒しきるとドリュアスの上にメハジキは座りため息をついた。
「はぁ……疲れた」
「お疲れな。んでよ、メハジキ、一個聞いていいか?」
クロノワールには顔が無いはずなのにどこか困ったような声音でメハジキに声をかける。
「なんだよ……まだ、いんのか?」
「いや逆だよ。いねえぞ、アオケシの姉さん」
「……はぁ?」
メハジキは、辺りを見回しても、そこにアオケシの姿はなかった。
どこを見てもアオケシがいない。
「あ、アイツどこ行きやがったアァァぁ!」
一人になったアオケシは、自分の欲の為なら何をしでかすか分からない。
メハジキは疲れた体を無理やり動かし、アオケシの捜索を始めた。
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「あるーひー、もりのなかぁー」
アオケシは、仮面をつけにこやかに不可侵の森の深部へ突き進んでいった。
ひとたび入れば、猛獣や盗賊に襲われ命が無いと言われる森であるが、アオケシは、陽気に自ら作った男の生首でリフティングをしながら森を歩く。
「いやぁ……まさか、私があの戦闘中に攫われるとは。興味本位で連れてかれたけど、駄作な男だったな……。じゃあ、ささっと依頼達成して報酬で新しい本でも……って、あれ?」
アオケシは、森を進むと、そこには、豪勢なドレスを着た貴族のような恰好の金髪の長い髪を二つにまとめた少女を見つけた。
「……だあれ?」
「や、やば……」
アオケシは、慌てて男の生首をそこらへんに投げ捨て、緑色の仮面をカバンにしまい鉈を背負った。
少女はアオケシに気が付くと少し警戒したように視線を向け、アオケシも少し驚いてしまった。
「お、おねえさん。わ、わるいひと?」
「あー、そうね。森のライオネルベアーって所かしら?」
「ライオネルベアー? 変なお姉さん。どう見てもお姉さんは人間でしょう?」
「まあ、それぐらい怖いお姉さんってことだね。がおー! お嬢さんは、どうしたの?」
アオケシは、少女に緊張をほぐすため、ふざけたように熊の真似をすると、少女は、つい笑ってしまう。
「あはは、変なお姉さん! 私は、マリーゴールド。その、森の奥にあるお屋敷に住んでいるのだけど、お散歩していたら迷子に」
「へえ迷子ねえ……私はアオケシ。おうちはどっちか分かる?」
「北の方……けど、どこにいるか分からないから……迷子」
「そっか……あ、じゃーん」
アオケシは、カバンの中を漁ると、カバンの底には、ボロボロの方位磁石がで晩かと言わんばかりに眠っていたのでそれを少女、マリーゴールドに見せる。
「じゃあお姉さんが、お家まで送ってあげる」
「お、お姉さんすごい! おうち帰れる!」
「へへ―凄いだろー。崇め奉れー」
「うん! ありがとうお姉さん!」
マリーゴールドは、アオケシの手を握るとアオケシも、マリーゴールドの手を握ってあげる。
「よーし、君は今から、私にとって初めての友達だ。だから名前もマリーって呼ぶけどいい?」
「うん! じゃあ私もアオケシちゃんって呼ぶね」
普段、鉈や肉塊を握るアオケシの右手に小さな少女の手が入り、アオケシは、どこか変な感じがした。
「アオケシちゃん?」
「ううん。なんでもない、お姉ちゃんみたいな悪い人に付いて行くのは今日が最後だよ」
「? 分かんないけど分かった」
マリーゴールドは、アオケシのことをちゃんとわかっているのか頭にはてなを浮かべ、アオケシもつい苦笑いをしてしまった。
「全く。じゃあ、マリー! 私たちは友達! これからよろしくね!」
「うん! ありがとう! アオケシちゃん!」
アオケシたちは、方位磁石を片手に森の奥をさらに進んでいくのであった。
「さてと、北はこっちだけど……」
「あるーひー、もりのなかー。くまさんにーでああったー」
アオケシに手をつながれたマリーは、嬉しそうに歌を歌いながら歩くのだが、中々お屋敷につくことは無く、少し困り果てていた。
「ねえ! アオケシちゃんもうたおー!」
「うーん、お姉ちゃん。マリーよりも歌下手だからマリーが教えて」
「うん! あのね!」
アオケシは、笑顔を作り、頑張って色々伝えようとするマリーを見る。
周りから見れば慈善活動をしているようだが、本質は違った。
アオケシの好奇心。
不可侵の森はあまりに危険で、落果の人間ならまず近づかない魔境。
その中にお屋敷があり、少女がひとりで散歩をしていい場所ではなかった。
現にアオケシも一度、ドリュアスとの戦闘中に拉致されるほどの危険な森。
「わー、流石、マリー良く知っているね」
「うん。でね! 貝殻のイヤリングを拾って、くまさんと踊るのー」
「へーすごい女の子だね」
こんな少女が一人ありえない。
だがそのありえないが目の前で起きている。アオケシは、抑えがたい好奇心でいっぱいになり、つい優しい目でマリーと喋ってしまっていた。
「そうなのー! でね!」
「マリー……ちょっと目をつぶって隠れていなさい!」
「ふえ? どうしたのお姉ちゃん?」
アオケシは、殺気を感じ、マリーを茂みに隠し、仮面をつけ、愛用の鉈を握る。
どしん。
足音と共に大きな木をなぎ倒し進む美しいたてがみの熊。全長は10メートルにも上る大きな熊、ライオネルベアーが、アオケシを見下ろす。
「やあ、森のライオネルベアーさん。貝殻のイヤリングでも拾ってくれたのかしら?」
「ぐおぉぉぉん!」
「きゃあ! アオケシちゃん!」
ライオネルベアーは、鋭く大きな爪をアオケシに振り下ろし、アオケシの体は粉々に飛び散る。
「やだねぇ! そりゃ、子どもの教育に悪いよぉ!」
だが、吹き飛んだ仮面をつけたアオケシの首は、面白そうに声を上げその体は、瞬時に首から生えてきた。鉈を拾ったアオケシは、困ったように嘆いた。
「ああ、服は復活しないんだから……このままじゃ、戦うたびに渡し裸になっちゃうじゃない。どうしたものかしら……」
まるで、ライオネルベアーに興味が無いのか、アオケシは自分の格好の心配ばかりしていた。
その余裕そうな表情に、ライオネルベアーも一瞬戸惑うが、一度スイッチの入ったアオケシは止まらない。
「あまり良い作品ではなさそうだけれど……」
「ぐおおお!」
ライオネルベアーは、アオケシに再度、爪を立てるが、アオケシは、ライオネルベアーの腕を渡って大きく飛び脳天めがけて、鉈を振り下ろす。
「あーははは! 襲ってきたってことは、殺していいよね! 正当防衛いぃぃぃ!」
「ち! かったぁ! ぐはぁぁぁぁぁ!」
しかし、鉈の威力で、ライオネルベアーの脳天を割るにはたてがみが邪魔で、うまく割れなく、アオケシはそのまま落下して、全身の骨が粉々に砕けるが瞬時に復活。
「ぐおぉぉぉぉ!」
「ワンパターンな、攻撃ぃ! それなら、私だって同じことしちゃお! あーははははは!」
アオケシは、何度も何度も、ライオネルベアに飛び乗っては、頭を狙い鉈を打ち付ける。
「ぎゃああああ! なに! 自由落下中に食い殺すのは反則でしょう!」
「ぐるるるるる」
ライオネルベアーは、恐怖していた。
この森の生態系で頂点に立つ自分が、餌である人間一人を殺しきれない。
ありえない状況で何度も人間は立ち上がる。
感じるのは生まれて初めての恐怖だった。
「はいもう一回!」
何度もライオネルベアーに鉈を同じところに打ち付けるアオケシ。
固いとはいえ、ダメージが無い訳でないライオネルベアー。
意識は次第に薄れて、その生命は朽ちていった。
「……うーん。これで終わり? 記憶も私に対する恐怖だし……つまんないな」
アオケシは、退屈そうにライオネルべーあーの死体から毛皮を手早くはぎ取ると、カバンに入っている針で体に身に着け簡易的な服を作ると茂みに隠れていたマリーゴールドを呼ぶ。
「おーい、マリー、ライオネルベアー倒したよ」
「うわーん! お姉ちゃーん! 怖かったよおぉぉぉぉ!」
「おーよしよし、怖かったねえ」
マリーゴールドは、アオケシの胸に飛び込み大泣きをすると、アオケシは、それをなだめるように背中を叩いてあげる。
「うぇええええん!」
「おーよしよし、怖かったね……」
「大きな熊さん! すごく怖かった」
アオケシは、確信した。
マリーゴールドを強く抱きしめると、耳元でボソッとつぶやいた。
「ねえマリー」
「なに、アオケシお姉ちゃん?」
「クマって何?」
「……」
一瞬の沈黙。
全てが静寂になった。




