37.『魔王の書』
「死んで?」
「うん、邪魔だし。僕はね。僕のために生きたいんだ。だから君を殺す。不死も殺す」
「冗談じゃない。ウチの家族には死にたくても死ねない不死がいるんだぞ! 気安く殺すとか言わないほうが良い」
メハジキは健吾の要求に目を疑った。
コイツは馬鹿なんだろう。不死を家族に持つメハジキとって死ねは、侮辱でしかなかった。
「で、関係ある? 僕は、別に興味ないよ。まずは君を殺す。そのうえで不死の前であの子の大切なものを全部殺す。もう二度とこの世界に戻ってこれないトラウマを与えて、生きたまま死んだような廃人にする。それが僕の勝利条件」
メハジキが感じる違和感の正体は目の前の男だった。
「俺は……」
「メハジキ、そらあかんて!」
ドラセナの忠告なんて知らないだからぶちまける。
「俺によぉ裸見せて平然な女……残して死ねるか?」
「知らないよ。童貞じゃないし」
「しねねぇよなあぁぁぁ!」
話を一切聞かないメハジキに対してドラセナは頭を抱えてしまった。
「ごめん。もう無理やで」
「はぁ? 本気の一撃は?」
「いや、あかんお前も逃げたほうがええで~」
「は……おまコレ……」
ドラセナは、大量の香辛料爆弾。閃光弾。音響弾をばら撒いた。
「暗器の『達人』。これが俺のほんきやで~。ほなさいなら~」
ドラセナは、メハジキが完全に切れたことを察して、一目散に逃げるため、目くらましの煙幕弾を武道家に投げつけ、颯爽とその場を脱出する。
敵前逃亡ではない。次に起こる事象に関して自分がいるのは邪魔でしかなかったからであった。
「ごほ……ふざけん……」
「……『時は流れ死。死は時の牢獄からの解放』」
メハジキの何かを唱える。
あまりもおぞましい呪文、ただ唱えているだけなのに体が動かない。
「逃げるよ! この魔力、流れがおかしい!」
「健吾! なんで僕は、まだ決着が……」
「決着とかそう言う次元座や無い! これは……」
健吾たちは、ドラセナ同様逃げようとしたがすでに体がその場で縫い付けられたかのように動かない。
「ぎゃははははは! メハジキ! お前、マジか。こんな小物相手に俺を使うのか! いいのか代償?」
「関係ない。俺は俺がやりたいようにやる。こいつらは俺の家族を殺すと言った。『解放……それが救いから反転するのは時間次第。時よ……ああ、時よ』」
「決まってんんエ! 良いぜ! 寿命と幸福と感じる時間……占めて10年ひゃははははは! 確かに貰ったぜぇ!」
クロノワールは、テンションが上がったよう自由にその空間だっだ何かの上を飛び回る。
邪気と言うにもおこがましい正気を失いかねない空気。
健吾たちは逃げようとするが声すら出なくなる。
動けない、声も出せない。残るのは思考だけ、そして理解してしまった。
「『忌まわしい。忌まわしい魔王を今ここに……』」
「じゃあ、借りるぜぇメハジキ(器)様ぁ」
クロノワールがメハジキの中に入ると正気を失いかねない空気はメハジキの中に収束する。
「な、なにが……とにかく逃げ」
「待ってけん……って、あれ?」
武道家の視界が突然低くなり、見ていた健吾の顔は健吾の足に視界が落ちていた。
いや、違う。視界が落ちたのではない。
首が落ちたのであった。
「……いやいや! なにこれ! ありえないでしょう! 僕たちは『信仰』のグリモワールで無尽蔵に蘇られるのに何で! なんで死んでるの!」
『ぎゃはははは! 死んだよ! 俺が顕現しただけで一匹死におったわ!』
メハジキは、普段絶対口調で笑い、武道家の首を拾う。
その姿は髪が逆立ち肉体もいきなり筋骨隆々。眼鏡も外しまるで別人だった。
『なあ、サッカーをしないか?』
「おまえ! よくも僕の仲間を『反省しろ』」
『ぎゃはははははは。言葉による束縛の魔法。ふむぅ程度の低いなあ!』
反省のスキルは確かに発動した。だが、メハジキだった何かは反省など全くせず、武道家の首でリフティングを始める。
「おまえ! 何者だ!」
『……人の時間を奪うのか? 小物』
「ぼ、僕は勇者で、魔王も倒したんだ! お前なんて……」
魔王を倒した勇者、誰もが勝てないと思う絶対的な存在。その存在が今目の前にいる得体のしれない何かに対して怯えて声を震わせている。
『ああ、メハジキの前の所有者か……あいつは弱かったなぁ……俺を一切使わないで魔王を名乗ったのは初めてだぞ! 名乗ってやろう! 我が名はクロノワール。魔王の書の原点にして人類が完全焼却を望む悪の権化。……つまり魔王(俺)だ』
「はぁ、何を言って」
健吾は、意味が分からず、つい素での感想こぼしてしまう。魔王は確かに自分の手で殺した。
賢者、武道家、アクタ、そして自分で。
だから目の前で魔王を名乗ったメハジキに健吾は動揺をするしかなかった。
『聞こえなかったか? 俺は魔王だ』
「おかしいでしょう! 中央監査機関特殊部隊は、魔王の封印、完全償却を望む部隊。その舞台がなんで魔王の書なんて所持してるんだ!」
魔王の書。
それは、中央監査機関特殊部隊の焼却目標。その償却対象を所持してあまつさえ使おうなどおかしい話なのだ。
『なんだお前、そんなことも聞かされていないのか。いいか俺は、魔王の書。原初のグリモワール。封印しようとしても完全な封印は無理。結果、『時間』のグリモワール。人間体になれないグリモワールと仮定義を行い俺の認識を変える。俺の認識が変われば、受肉はできず、人類への悪意も封印。普通のグリモワールとして所有者に従う寸法よ』
「馬鹿な! なら僕が倒した魔王の書は!」
『トカゲのしっぽだ。初代勇者の戦いで失った俺の肉片がグリモワールとして受肉したという事だ。まあ、嬉しいことにそいつが今も魔王の変わりとしてどこかで生まれるんだがな。ああ、俺の子どもはどこまでもけなげだ』
現存する魔王の書は、目の前の魔王の肉片にしか過ぎない。
肉片の一つ一つに国を亡ぼすという事実、そして目の前にいるのはその本体。
「か、勝てる訳ない」
『そうか、そうか。うーん。人間体になれるのはあいつの十年分の寿命と幸福。ふむ、残る時間は5分程度か』
「め、メハジキさんは知っているのですか」
『知ってるよ。ただ、俺は誰かが所持しないと認識改変はできない様でなあいつは現代の人柱だよ。特殊部隊は、俺を殺すための方法を探り最後はメハジキ語と俺を殺す。それがやつらの目的だ。もちろんメハジキも知っている』
あまりにも最悪な組織であった。
正義のためなら、自らの仲間すらも目的のため殺す算段に入れる。
「なら今の魔法は!」
『限定受肉。寿命と幸福な時間を俺に献上することで、指定時間のみ受肉。術者のコマンドに従ってやっている。自害コマンドは契約の範囲外』
「そんなの、最悪だ! 負けそうになれば神にも等しい存在を使えるなんて! 時間制限内でもあなたなら世界を滅ぼせるでしょうに!」
『そうだな正直余裕だ。だがなそんな最強の俺に開口、婚姻を申し込み殺してでも俺の全部を読もうとしている魔女がいるんだ』
「そんな頭のおかしい奴が……」
『アオケシの姉さん。お前が殺すといった女の名前だ』
刹那、健吾の全身が粉みじんになる。理解ができない何故か死ねない。痛くない。
「ぼ、僕の体……どこ?」
『風化させてやった。だが安心しろ、その生首は寿命通り生きれるようにしてやった。なははは俺様の慈悲をありがたく受け取れ』
クロノワールはリフティングしていた武道家の生首を健吾の生きた生首の前に蹴飛ばす。
武道家の生首はロボットのように健吾の唇を求める。完全に正気を失い頭がおかしくなっていたのだ。
「け、健吾ぉ怖いよぉ。キスして慰めて、慰めてぇ」
「……お、お前! この状況で、なに、何を」
おかしくなれればよかった。
だが、健吾は、頭がおかしくなることすら許されなかった。
『さて、俺の推し。アオケシ姉さんの最終決戦ライブにでも行こうか』
「ま、まて! お前らは僕を捕まえて……」
『ライブが優先だ』
魔王は、そう言うと執務室を爆発させ、アオケシの元に飛んで行ったのであった。




