36.『第2ラウンド 最低最悪vs最底災厄』
アクタの淀んだ精神の記憶の奥。
ローズの記憶は、ゴミ山の頃から少しずつ戻っていたが、そのたびにアクタは頭を抱え苦しんでいた。
「私は……私はあぁ」
「アクタ、うるさい。この前、捨ててあった本、まだ読める。馬鹿共に奪われる前に全部読みたい」
「ご、ごめんね、アオ」
アオ……アオケシの幼少期は、本の為なら、大人とも喧嘩する。
ただ腕っぷしも弱く、食糧にも興味が薄いのか、最低限の生ごみと水を摂取しているだけで、衛生的にも健康的のも悪い彼女であったが、本を読んでいる姿は、とても愛おしいものであった。可愛い将来は二人寄り添うものとその時、アクタは確信してしまった。
「アクタ? どうしたの?」
「な、何でもない」
違う。
アクタは自分の欲望を否定する。生まれてこのかた良い思いなどしたことは無かった。
だが、自分はいたってどこにでもいる女の子。
カッコいい男性に、見とれることだって、憧れることもある。
「そ、ならいいけど。静かにしていて」
「……うん」
『違うでしょう。ポピーは、私のポピー。ああ、転生してもポピーはかわいい』
脳内に響く、聞きなれた知らない声。
アクタは、慌てて周りを見るが、ゴミ山にできた小さな穴、私の家にはアオしかいなかった。
「だ、誰!」
「アクタ……大丈夫?」
「な、なんでも」
だから、アクタの声に反応するのは、アオだけ、そのはずだったのに。
『ああああ! 可愛い、可愛い! 私の私だけのポピーちゃん。私はローズ、あなたは私。だから分かるでしょう。目の前の女の子を今すぐ抱いて犯しなさい』
「……何でもない訳ない。顔、怖いよ」
「……!」
アオの手の感触。
暖かい血が通うその手は、とても愛おしく、自分の血が沸騰するように熱い。
高鳴る心臓は、アクタの理性に逆らい勝手に動き出した。
「あ、アクタ、目が怖い……きゃあ!」
「あ、アオが悪いんだよ」
アクタは、アオを押し倒すと馬乗りになる。
アオは抵抗するが、当時から体が大きく、成長期が遅かったアオとの体格は歴然の力関係を生み、アオの抵抗を許さなかった。
「アオ……アオ……うんぷ」
「きゃ! ちゅぱ」
強引なキス。
歯が当たり、交わった舌は一瞬で離れる。だけどその一瞬の接触でアクタの劣情はピークに達する。
「アクタ、やめて……」
「あ、お……うんふふふふ」
「ちゅぽ……じゅる」
「じゅる、じゅる……ちゅぱ」
嫌がるアオの唇を無理やりに犯すアクタ。
交わる舌は、互いの唾液を交換し合い、舌の味を感じる。
今、アオの全て、中まで全てを犯している。そう考えると体が熱くなる。
息を吸うため、顔を離したアクタは、アオケシの顔を見て驚いてしまう。
「……あ、アオ」
「じゃま……本が読めない。あとキスは、嫌だ。楽しくない」
「は、え……えと」
アオの全てを諦めた目、この後どうなるかなどアオには関係が無かった。
弱い自分は強い者に奪われ続ける。
だから、奪われた後のことを考える。だから、早く終わってほしい一心なのだろうか、アオの目には光が無かった。
『もっと、犯して。あの子を絶望……そして、私たちがいないと生きていけない体に』
「ごめん……頭冷やしてくる」
「危ないから、気を付けて」
アクタは、アオを置いてゴミ山にできた洞穴から逃げ出す。
素足に刺さるガラスや木の枝。拾った靴も履かずにアクタは走る。
『あら、弱い子。弱い子、もう少しであの子は私たちのモノなのに』
「違う! 違う! こんなの私じゃない!」
『私はあなたであなたは私。なにも違う訳がない』
「違う! そうじゃない! あんなんじゃアオは……アオは」
『喜ばない?』
「(ああ、解釈違いだな)」
アクタは、ローズと名乗る前世らしき自分との圧倒的違いに嘆いていた。
走る。体を覚ます。
クールになる脳内。
「アオはね……幸せになるの! 幸せにしてあげないと!」
『なにその解釈違い』
「(ああ、本当に解釈が違うな。くだらない)」
そして、ローズ、前世のアクタは解釈が違う。全然楽しくない。盛り上がらない。
アクタはゴミ山の一番上、月がきれいな場所。
アオと出会った場所で、全力で自分の考えを主張する。
「私は、アオを幸せにする。私でない誰でもいいとにかくアオは幸せにする」
『だから』
脳内の思考が邪魔だ。
消そう。
「そして幸せの絶頂のアオを私は」
気が付いてしまった本心。
もう吐き出さずにはいられなかった。
「全部壊して! 全部私がもらうのよ!」
『おま! お前は何を言って! ポピーは、ポピーは!』
「ああ、邪魔だななぁ」
全部壊して、壊れたアオを全部、全部。
アクタは欲しかった。
壊れてないアオは、アクタを見ない。自分を見ない。
だから壊して自分以外、全部見られなくしてしまおう。
だから、脳内にいるローズは邪魔だった。
彼女の考えを思いを気持ちを全部、自分の欲望で犯し、食い殺す。
記憶を取り込み全部自分にしてしまおう。世界も人も。
「だから、アナタは邪魔」
『やめ、やめて、ああ、私が私じゃなく……取り込まないで、魔力が、この子の中の魔力が私を取り込もうとする!』
「ぎゃーはははははは、良い記憶、綺麗な片思い。ぜーんぶ、全部、全部。ぶっ壊してあげなきゃねえぇぇぇぇ」
アクタの魔力は、脳内にいるローズの意思を餌の世に取り込む。
初めて見るローズの顔は、苦悶に満ちた無理をした悪役の顔だった。
『おまえ! 私は、お前を許さない。絶対にお前がこの選択したのを絶対後悔させてやる!』
「いただきまあぁす」
アクタは自由で晴れ晴れした邪悪な笑みで笑う。
「あーはははは、良いよ、一生そう言っていろ。私はアクタだから! ゴミ、塵。それが私。だから、あの神様を私は落として見せる」
アクタは完全にローズを支配した。そしてその笑みは。
純粋に楽しむ子どもの様な悪意であった。
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「ラウンド2よぉ! ローズちゃん!」
「私は、アクタだあぁぁぁぁぁぁ」
子供の兵隊がゴミ山を埋め尽くす。マリーを襲う。
マリーは、マシンガンを手放すと両手を広げ子ども受け入れるように動かない。
アクタは、マリーの頭がおかしくなったのかと一瞬困惑した。
圧倒的な死、アオケシが殺さないと決めた子どもの前、マリーは何もできないのかと思った。
違った。
「おいで全部私のトロフィーにしてあげる『収集』」
子どもの兵隊は、マリーの中に取り込まれていく。そして、姿が消える。
「は?」
理解ができなかった。
血が出ない。明らかに自分の分身は生きているのにそこに自分はいなかった。
「あーひゃひゃひゃひゃ! バカねえ! バカよねえ! 私の『収集』は、ご主人様の生ぬるい収集とは違うの! 生きた物だって全部私のモノ。私のトロフィーなの。全部、生きたまま私のトロフィーなのよぉぉぉ」
「お前! 頭がおかしいだろう! お前の中の私は、凄く苦しい、暗い! すごく苦しい! なんでそんな酷いことができるんだ!」
「しらないよ~ん。私は勝てればいいもん! みんな生きていればいいの。そう『生きてさえ』いればいいんだから」
生き地獄。
収集されたの中では、生きることも自由も何もない。動けない中、思考だけが動き続ける地獄。
アオケシに会うまで何人をここに閉じ込めたかなんてマリーは覚えていない。
「このサイコパスが!」
アクタは、ゴミ山から、鉄パイプを取り出しマリーに殴りかかる。
『信仰』のグリモワールでもあるアクタは、本の形になる事ができない人型のグリモワール。
彼女に刻まれているモノ。
「『無尽蔵』最大火力!パイプブレエェェェェド」
世界にある宗教に退位する信仰を自分のエネルギーに変える。
エネルギーは無尽蔵な魔力として爆発や増殖を行う。
衝撃がマリーの周囲に轟く。おおよそ人間の出してはいけない一撃、それは現代で言う大量殺戮爆弾の様な威力であった。
「正解! 触れたら即死の私に武器は有用!」
「ふざけるな! ふざけるな! お前みたいな! お前みたいな最初から壊れている女がアオちゃんの横にいるなあぁぁぁぁぁぁ!」
マリーは、子どもの兵隊アクタに無限の性質を与えアクタの重い爆弾の様な一撃鉄パイプを受け止める。
『イタイ! イタイよ! 私イタイよやめて!』
「あーあ、この子、死なないけど心に深い傷おっちゃったぁ~」
「ぐ、ぐぅぅぅぅ! お前それでも中央の特殊部隊か! 正義の味方じゃないのか! イタイ! すごく痛い」
そして、増殖で増やした自分の痛みは全部アクタの本体に帰ってくる。
今までは、無尽蔵なエネルギーでそれをカバーしていたが、自分で与えた自分への自傷は、無尽蔵のエネルギーでは賄いきれず久しく感じることのない激痛をアクタは感じる。
「失礼ね! 道徳の授業で分かったの! 目には目を、歯には歯を! やられたらやり返しましょう! 先生のトリカブトにも最高に終わっている性格だから、この職場は向いているってさあぁぁぁ!」
「こんの! 悪魔が!」
「さぁ次は……お、なんと、あなたに完全同化した個体見っけ」
『や、やめ!』
「ひっさーつ」
マリーは、アクタの分身を両手で振り回すと、アクタの本体へ思いっきり突っ込んでくる。
「やめろ! あぁぁぁぁぁぁぁ! もう!」
「デカ女ぶれぇぇぇど!」
分身と鉄パイプがぶつかり爆発。
分身のアクタは、苦痛にもだえる。死の救済すらない。無限の性質付与は、死ぬことを許さない。傷つくことを許さない。
だから、苦しい。痛い辛い。そのすべてがアクタにフィードバックされる。
「がは!」
アクタは吐血して気が付く。
「(ヤバイ。私の天敵は、死なないアオちゃんじゃない。奪うことに全振りしたあのいかれたグリモワールなんだ)」
本能で感じる絶対勝てない敵。
だからと言って引くわけにはいかない。アクタの望むアオケシの為。
「アオちゃんの……アオちゃんの」
そして本能で理解する。
あの知識の狂気と隣に立つのは、自分ではない。目の前の自分勝手な狂気であった。
「アオちゃんの隣にいるのは私だあぁぁぁぁぁぁ!」
「隣とか知らないねえぇぇぇぇぇ! 全部、全部あげない。私は、全部自分のモノだもんねエェェェェェェ!」
爆発によるフィードバックをやめた。
そうすれば、ダメージもないと考えたアクタは、自分を恨んだ。
目の前の狂人は、分身でアクタの全身を何度も殴打する。
「たのっしい! ああああ、自信にあふれた相手を叩きのめすのって最高だよ!」
「やめ! いた!」
強制的な自傷。
マリーと言う悪意から生まれた存在は、おぞましい何かでしかなかった。
無尽蔵は、次第に無尽蔵による攻撃で疲弊していき、そして、全ての機能を失った。
「ありゃ、私の武器が無い」
「は、あ。はは。まさか無尽蔵がエネルギー切れ? 笑えないわ……」
「……」
アクタは、完全に降参であった。
もう、どうでもいい。この狂気には勝てない。アオケシは、圧迫により気を失い、アクタを見ない。
アクタを見ているのは、マリーと言う醜悪な狂気だけだった。
「ほら、殺しなさ……」
バン。
マリーは、アクタが何かを言う前に、拳銃で頭を打ち抜く。それはもう興味がなさそうに。
「ごー主人様あぁぁぁぁぁ!」
「ひゃ! ま、マリー! 何どうしたの!」
マリーは、勝った褒美と言わんばかりにアオケシへ抱き着く。
もうマリーの頭の中には、アオケシしかいないのだった。
だから、声に気が付かなかった。
『まだ私は許してないわよ。アクタ』
ローズのわずかに意思は、アクタの遺体を切り刻み、『信仰』のグリモワールの開かれていなかったページを無理やりめくった。
『永久獄楽情土』
そう唱えた瞬間、雲を割り、後光と共に降りてきたのは、見るも無残な肉の塊を無理やり人の形にしたあまりにも大きな肉の人形だった。
「マリー、悪いけどもう一仕事」
「はい喜んで!」
マリーは、アオケシと一体化し、黒ローブの魔女スタイルになる。
手には鉈を持ち目の前の肉片にワクワクした目で飛びだした。
「さあ、全部私に読ませてぇぇぇぇぇぇぇ」
『うぇぇぇぇぇぇぇぇん! おぎゃああぁぁぁぁぁぁ!』
悪意と悪意最後の決戦、それは、誰もいないゴミの山の上、昔住んでいた二人のゴミ穴の山を完全に崩壊させたのであった。




