35.「武器とウィスキーとブドウ」
「もういっかい」
「やめ……私はもう……やめる、降参しますから助け……ああ、そうだ。私と遊ぼ……ね」
勇者パーティーの賢者。
誰よりも賢いと謳われた彼女は、アクタに知恵で一度も勝てなかった。
敗北の積み重ねは、彼女の自尊心を徹底的に削った。
ならば、なるしかない。
アクタになってしまえばいい。
アクタになり、その上で自分の知識を残せば、いつか本物のアクタにすら勝てる。
そう信じて、彼女はアクタの「一部」を受け入れた。
その瞬間、世界が変わった。
万能感。
それは疑いようのない確信だった。
彼女はアクタの能力を派生させた。
空気を媒体に、無性生殖のようにアクタを増やす能力。
それは本体のアクタにすら存在しない力だった。
私は特別だ。
私は選ばれた。
私は
その万能感は、目の前の存在によって、完全に破壊された。
「あそぶ?」
声は幼い。
意味も、ほとんど言葉を理解していない。
「そ、そう……遊ぶの……」
目の前に立つのは、人型の獣だった。
知能は極限まで落ちているが、単純な単語程度なら理解できる。
「わーい! あそぶ! まずはー、おにんぎょさん。びり!」
「え……いや、な……きゃあああああ!」
右腕が、体から離れた。
「こっちもびり」
四肢が、次々ともがれていく。
この瞬間、賢者は理解した。
この獣は悪意でやっているのではない。
ただ、遊んでいるだけなのだ。
じゃれているだけなのだ。
それだけで、人間は死ぬ。
もう、体の再生が追いつかない。
「や……やめ……」
言葉が終わるより先に、弾丸が脳天を貫いた。
賢者の意識は、そこで完全に途切れた。
「おーい、やってんね。ダメよ~、お片付けしないと」
声が部屋に響く。
「だ、れ……ひゃあああああああ!」
生き残っていた獣――フキは、声の主を見た瞬間、異常なほど怯えた。
部屋の隅へと這いずり、体を丸め、震え続ける。
フキが恐怖している相手。
それが、狩人トリカブトだった。
「ヤダね~、怯えないの。怖くないでしょう。ほら、お片付け。おじさん、民間人の避難で大変だったんだから、正直もう寝たいんだよな」
「ひ、ひいい……」
フキは、目を合わせることすらできない。
トリカブト。
武器の魔導書『一体化』を扱う狩人。
その能力によって、全身は武器に置き換わる。
ナイフが重なった指。
爆弾やトンファーで構成された四肢。
動く無機物。殺すためだけの人形。
フキは、その全貌を直視できなかった。
理性を必死に引き戻す。
知性を総動員する。
でなければ、目の前の存在に容赦なく消されると本能が理解していた。
「ごめんなさい……」
その言葉を最後に、フキは意識を失った。
血に汚れていたフリルの服は、瞬時に綺麗な女の子の姿へと変わる。
そして、木槌はフキと同じ姿の少年『罰』へと姿を変えた。
「トリカブト、すまない」
「礼には及ばない」
「礼など言っていない。フキを怖がらせたんだ。反省しろ。お前のその姿で、よく一般人が避難できたな。戻れ、いつもの姿に」
「あー、そうね。おじさんもキュートな姿に戻らないと」
武器の塊だった身体が溶け、トリカブトはいつもの姿へ戻る。
「何がキュートだ。世界で一番かわいいのはフキだぞ」
「自画自賛かよ。見た目は一緒だろ」
「僕たちは愛し合っている。子供は、僕がグリモワールだからできないが……今は幸せだ。毎日互いの体を求めてむさぼりあい……」
「聞きたくないからやめて」
トリカブトは、元の姿に戻るといきなり聞きたくない部下の性事情を聞かされ煙草をくわえ、火をつける。
「……そんな余裕がよくあるな。煙草を吸う前に、上で戦う後輩たちを助けに行かないといけないのではないか?」
「あいつらは大丈だよ。むしろ僕たち老体は、後続の成長を見届けないといけないだろう」
「人間の時間間隔は分からん」
「そういう者なの。煙草吸う?」
「いらん。……ウォッカはあるか?」
「ウィスキーなら」
トリカブトは、一瞬ポカンとするが、ポケットの中には、一本のウィスキーが入っていたので『罰』に投げ渡すと、『罰』は、少し不服そうに受け取り、ウィスキーに口をつける。
「ウィスキーか……嫌いじゃないが」
「いやなら返せ」
「絶対に嫌だ」
この混乱の中、二人だけは、落ち着き、他の戦局を見極めることに徹したのであった。
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「あはっ……すごい。ついてくんだ、僕の拳に」
「ついて来てねえよ。全部、クロノワールのおかげだ」
武道家アクタの拳は、あまりに速すぎて残像がいくつも重なって見える。
対するメハジキは、時間系魔導書クロノワールの性能を極限まで引き出し、かろうじて攻撃を回避し続けていた。
だが、それももう限界だった。
「ほら、聖王拳法! 聖王百八手!」
「……ちぃ。アオケシは四十八手がどうとか言ってたが……こいつは、強いな」
「あはは、それはとんだアバズレだね! でも僕のは、そういうのじゃないよ」
「知ってるよバカ! その程度って意味だ!」
メハジキは毒を吐きながら距離を取る。
一方その頃、別の場所。
ドラセナと健吾が、剣をぶつけ合っていた。
「おいおい、マジか? 『達人』の俺についてくんのかい」
「さあ、なんでだろうね。……『研鑽が足りないんだよ』」
「そっか研鑽が……ってちゃうねん! 研鑽も何もないねん、この力!」
健吾は『達人』の力を得ながらも、延々と自責を繰り返す。
それは事実ではあるが、その根底にあるのは承認欲求だった。
達人の書。
精神干渉系統の力に対して耐性があっても、完全に無効化できるわけではない。
「さあ、『僕たちの家で暴れたことを反省してください』」
「そんなん……そんなん……」
限界だった。
同じ箇所を延々と責められ続け、人間の精神が耐えられるはずがない。
力が抜ける。
剣が押される。
死を覚悟した瞬間――
「『スキップ』……一発!」
「うわっ! 痛いな……『ひどいじゃないか、人の顔に蹴り入れるなんて』」
「『スキップ』」
スキップ。
『時間の書』に記された魔法。
行動を確定し、二秒先の動作を自動実行する。
その間の出来事は、メハジキの主観では「なかったこと」になる。
「二秒先……俺は、反省しなかった自分を先取りする。だから……反省する時間そのものが存在しないってわけだ」
「おいおい! 君の相手は僕だろう!」
健吾の精神干渉を完全に遮断し、隙を与えないメハジキ。
だがそこへ、武道家が回し蹴りを叩き込もうと踏み込む。
その蹴りを、ドラセナが受け止めた。
「あかんわ。これは決闘ちゃうんや。こちとら勝てればなんでもやるんやで」
「おまえ……だいっきらい!」
武道家とドラセナ、拳と拳が正面からぶつかり合う。
メハジキもその隙に健吾の背後に回り、魔法で手錠をかけようとする。
だが健吾はそれを察知し、スキルではなく直感で後退する。
「おい、感が良いじゃないか」
「勇者だからね。……それに、その手錠、だいぶおぞましい」
「……ちぃ、バレたか」
それは魔王の書や重大犯罪者を封じるための束縛手錠。
人間であろうと、グリモワールであろうと、例外なく機能を停止させ、結界へ封じる道具。
使い捨てになりがちな時間魔法に対し、この手錠だけは一発で決まる。
だからこそ、メハジキが唯一常備している武器だった。
「それで僕を抑える気? 君みたいな普通の人が?」
「できるかじゃなくて、やるかどうかです。……俺も暇じゃないんで」
「そっか。じゃあ『そんなおもちゃは捨てたほうがいい』」
「『スキップ』。断るよ、バカ」
蹴りが健吾の頭をとらえる。
健吾は一瞬ふらつくが、すぐに回復し、剣を振り下ろす。
「『早送り』」
メハジキは時間を加速し、それを紙一重で回避する。
「それ、スキップって便利だけど……負担、結構あるんじゃないか?」
スキップ。
時間を無理やり飛ばし、肉体を強制稼働させる力。
使うたび、全身の欠陥を一気に引き抜かれるような激痛が走る。
ただし、痛いだけだ。
「負担? ありますよ。めちゃくちゃ。……だから、いい加減捕まってください」
メハジキはクロノワールを構え、健吾を真正面から挑発した。
「そっか、じゃあ死んで」
その一言は、メハジキに一つの感情を生んだ。
「ホンで? その拳には何の意味がんねん」
「うるさい! 努力も何も知らないくせに!」
武道家と『達人』互いの拳は互角、少しドラセナが有利に進んでいた。
魔導書の力で強化されたドラセナを武道家は汚物を見るような目で見ながら己の拳を打ち込んできた。
「努力ぅ~アホか。魔導書なんて言うお便利アイテム使わないほうがおかしいやん!」
「プライドはないのか!」
「自分の姿を変えたやつよりは自分に自信があるでぇ! こんのアホンダラ!」
ドラセナの拳は思いっきり武道家の顔面にめり込む。
衝撃、普通なら死んでしまうような思い一撃も武道家は、長年の勘から衝撃を殺す方向に動き攻撃の威力を殺した。
「お前は、お前の技は、武道を馬鹿にしている! 何代にもわたる研鑽と継承。お前が相手しているのは、僕だけじゃない、長年受け継いだ武道の歴史そのものだ」
「……興味ないわ。努力なんてせんでも勝てるときは勝てるんやで。まあ、ブドウは好きやで、酒にもよし食べても良し」
ドラセナは、説教臭い武道家を馬鹿にするように耳をほじり冗談を言う。
それが武道家には許すことができなかった。
「お前、お前は!」
武道家は、勇者に恋をした。だが同じ性別でそれは一生敵わないと思っていた。
だがアクタはそんな彼の願いすらかなえた。
性別の転換から彼は、男と女陰と陽、両方の気持ちや思考、行動、体つきを完全理解したことにより柔らかく重いそんな武道家の理想を体現する。
「おー、当たったら死ぬわ」
「うるさい!『奥義、陰陽混沌拳』」
長い腕や足が、不規則にドラセナを襲う。ドラセナの達人は、未来視にも似た予測で、攻撃を避けるが、数発の拳と足蹴りは、ドラセナを綺麗に直撃した。
「痛い……わぁ!」
「それが達人の限界。僕のように極めし者は、達人すら超えすでにさらに上の次元にいるんだ。さあ負けを認めて……」
「俺の綺麗な顔! 傷ついて女の子にモテへんかったら、どうすんねんアホ!」
ドラセナは達人のスキルで武道家に拳を入れるがそれすらも武道家は防いでしまう。
「おいマジか、この拳、本気やで」
「あは、言ったでしょう。君は限界なんだよ」
「チェ……ホンマや」
ドラセナは、確かに達人の書を使っても太刀打ちできない相手に攻撃を食らい全身がボロボロになってしまったがまだあきらめてはいなかった。
「ホンじゃあこれで最後や……俺の本気、この一発にすべてをかける」
「かかってこい! 全部僕が受け流してやるよ!」
こうして、メハジキとドラセナは最後の力を振り絞り、次の一撃にすべてをかけた。
そして刹那、激しい衝撃音により執務室の壁と屋根は吹き飛んで行ったのであった。




