13.『余った時間で何しよう!』
「今日は、休みだ」
「……」
「はぁ……って、ご主人様なんで泣いているの?」
メハジキは、大量の枕地獄から這い出た後の朝食の席で出た衝撃的な一言。
休み。
その一言に涙を流し震えるアオケシ。マリーゴールドは、そんなアオケシを見て戸惑った。
「……いやアオケシ、マジで怖いぞ。なぜ休みで泣く」
「うぅぅ中央監査官として契約して四日……まさか中央監査機関に休みがあるなんて……肉欲で働いていた時には、一年に一回あればいい方だったのに……中央監査機関は、なんてホワイトな企業なんだ。ああ、本を読んでいる途中で客に指名もないし、自由に怠惰が謳歌できるなんて! ある意味、フリーの時間すら、仕事みたいなものだったし」
「……メハジキ様、私、異世界に来てほとんど、こっちの生きた人間とは、ほとんど関わらなかったのですが、それはこの世界での常識なのですか」
「……」
メハジキは首を横に振る。
都市がほとんど非合法の塊でできた落果にも最低限の常識として休みは存在していたが、アオケシが不死の魔女になる前に働いていた『BAR肉欲』は、名前の通り酒と肉欲渦巻く落果の中でも魔境と言われる場所、そこには最低限の倫理すら存在していなかった。
「そ、それで! 休みって一日好きなことをしていい日よね!」
「そ、そうだが」
「ひゃっほう! どうしよう! 買って詰んでいる本を読もうかしら、それともタブレットでニュースを読み漁ろうかしら! あーどうしよう旅行でも良いわね」
アオケシは一人ではしゃぎ使い物にならず、マリーゴールドは、アオケシの代わりにメハジキへ休みの理由を聞く。
「ですが、なぜいきなりお休みなのですか? 自分で言うのもあれですが、私を倒した報告とか調査とか結構忙しいと思うのですが」
「まあ、中央監査機関が落果に到着するまで数日あるうえ、領主様も落果の厄介ごと……洗礼を受け、会う約束が明日になってしまったからな。お前の倒した報告をするまでは動けないからな……休むなら、今だ」
「あーどうしよう、映画見ようかな……それとも広いお風呂でゆっくりもいいしな」
「ええい! アオケシうるさいぞ! もうちょい静かにしやがれ!」
あまりに高いテンションのアオケシにメハジキはキレ、その光景をマリーゴールドは、平和そうな目で見ていた。
「異世界転生して、散々悪いことをした私がこんな幸せんんて……いつか罰が当たるのでしょうか……」
「ひゃっほう!」
「ご、ご主人様って、こんな子どもみたいにはしゃぐのですね。ま、まあ、あの夢のご主人様を見れば納得ですが……」
アオケシの浮かれた声は落果中に響き渡っていた。
マリーゴールドは、紅茶のカップを持ちお茶を啜り、落果の景色を見てのんびりとしていた。
「平和ですわ……」
落果の日常は、変わらず続いていくのであった。
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「……って、全然平和じゃないですわ!」
マリーゴールドは、メイド服に着替え、アオケシの本で埋もれた部屋を見て、全力で叫んだ。アオケシは、マリーゴールドを無視して、信じられない速度で本を読み漁っていた。
「うん……あは、なるほど!」
マリーゴールドは、アオケシの従僕……つまりメイドとして、部屋の掃除をメハジキ頼まれたが、掃除どころの騒ぎではなかった。
辺りに散らばった本や、戦闘用の衣服や、緑色の仮面、たまった埃。おおよそ成人女性が住む部屋とは思えないものであった。
「ご主人様、読み終わった本はどれですか! それは全部一旦、私の『収集』で収納いたしますので教えてくださいまし」
「……うーん、そう来るのね」
「ちょっと! ごーしゅーじん様! 無視しないでくださいまし!」
マリーゴールドがアオケシの体を揺らすと、アオケシも面倒そうに目をむけて、雑に本の山を指さした。
「あそことあそこは、読んで、ここに在るのはまだ読んでない」
「……それでわかると思います?」
「……」
アオケシはまた読書に熱中しはじめ、マリーゴールドを無視して本を読む。
「ああもうそうですか……勝手にやりますよ……『収集』」
マリーゴールドは、辺りにある本を収集し始め、掃除を始めるのだが掃除の途中、アオケシが何もない場所に手をやり、険しい顔をする。
「あれ、人体構造学4巻が無い……。マリー! 私の本片付けたでしょう」
「え、でもそこは、さっきご主人様が片付けていいって」
「……いや、駄目っていた所も片付けているじゃない」
「え、ちょ、ご主人様……まって……」
マリーゴールドは、アオケシに体の中をまさぐられ、収集した本を漁りだす。
収集の魔導書の体は、異次元とつながっているため痛覚はないが、どうにも体の中をまさぐられる経験は、勝利に固執するマリーゴールドには、屈辱でしかなかった。
「あ、あった……。ありがと。もう私の部屋掃除は良いわよ」
「うぅぅ……何か大事なものを失った」
マリーゴールドは、悔しい気持ちを抑え、アオケシの部屋を出て、キッチンで紅茶を入れようとすると、普段嗅ぐことのない臭い……タバコのにおいがキッチンに充満していた。
「ごほ……メハジキ! 臭いですわ! 私の体に変な臭いが付いてしまいますわ!」
「……休みぐらい煙草吸わせろよ」
メハジキは、煙草を吸いながらタブレットでニュースを見ていた。
別に家主であるメハジキの家なのでマリーゴールドは文句を言わないが、匂いが鼻につきまりキッチンにいたくなかった。
「……紅茶に煙草の匂いが付きますわ。というかメハジキは喫煙者だったのですか」
「まあ、俺の親父は、煙草が好きでな。良くしてくれたが、もうこの世にはいないから……これを吸っている時は親父を思い出すんだ」
「……そ、そうですか」
どうにもタバコをやめるよう言える雰囲気で無かったマリーゴールドは渋々、落果図書の一階、本屋を偽装した商店部分に歩いて行った。
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「ああ、暇ですわ」
「おお、同胞。暇そうなら、俺と話さねえか?」
「げ……『時間』。なんですの」
「げ……ってひでえな。ちょっと同胞同士話そうって話だぜ『収集』」
マリーゴールドは、椅子に座り、アオケシの真似をして本を読むが、前世からあまり本を読む習慣のなかったマリーゴールドの前に、空を飛んで陽気に話しかける時間の魔導書……クロノワールにマリーゴールドは露骨に嫌そうな顔をした。
「あーそうですか。じゃあ、なんで『時間』は、人型にならないのですか? 私達グリモワールは、本の姿と人間の姿がありますが、人間の姿の方が楽でしょうに」
グリモワールは生きた本、生き物なのだ。生命活動を行う上でグリモワールは人型を好むのだが、マリーゴールドは、常に本の形をしたクロノワールを変人扱いした。
「言ええねえな……特に意味もねえが」
「……そうですか。じゃあ、あなたの前世は?」
「いや、俺は、転生してないから前世もなにもねえが」
「……」
マリーゴールドは、クロノワールを睨みつけた。
今まで、殺戮の限りを尽くしていた『収集』の魔導書は、そのグリモワール人生で、転生者や転生した魔導書を見てきたが、あって来た魔導書はすべて元人間、前世を持った転生者。
そもそも、グリモワールに生殖器官はなく個体の増殖は、転生以外ありえないものであった。
クロノワールも同じだと、マリーゴールド直感が叫ぶが、クロノワールは話そうといった割に自分のことを何も語らず話が広がることが無かった。
「『時間』あなた、話を広げる気が無いなら、どっかに言ってくれませんこと」
「『収集』よぉ……おっさんは、寂しいぜ。俺達生きた魔導書、グリモワール同士が一緒の空間にいるなんてめったにないんだぜ」
「なら、もっと女性の扱いを学ぶことですね」
「つれねーなーほら、なんかあんなだろう? 話すこと」
「ないですわ……」
「あるだろう」
クロノワールの声が、急に冷たくなる。
その声は。先ほどまでの明るい陽キャな男の声ではなく、冷たく冷酷であった。
「じゃあ、あなたは何者?」
「……」
マリーゴールドは、一つ分かったことがある。
このクロノワールは、人間の模倣をしているだけで中身は何もないまるで精密な機械人形の様な心の持ち主。だからこいつのことだけは好きになれないのだと。
「俺は、クロノワールだ。生まれた時からずっとクロノワールだし、今も今後も俺は、クロノワールだ。その事実は変わらない」
「そ、つまらない人。その見せかけの人格は、本物? アナタはご主人様の敵?」
「ぎゃはは、面白いな。俺の今ある人格もさっきのも俺から出た本物だな。別に、どれが演技だろうと観測者がそれを本当かウソか決めるだけだ。あー、後、怖い顔するなよ。それに俺は、別にアオケシの姉さんやメハジキと争う気はねえから」
虚無。
彼には何もない、そうマリーゴールドは観測したからクロノワールは虚無。
アオケシから見れば羨望。メハジキから見れば相棒。
「中二病? 観測者がいなければ、情報は終結しないなんて言いたがるのは、ちょっと頭の中が残念な人の証拠じゃないかしら」
「なはは、それならそれでいいよ! 俺も、お前と話せて新しい自分を見つけたしな!」
マリーゴールドは、クロノワールを異物を見るような目で睨み付けた。
「この粗大ごみが」
「ぎゃはは、美少女に言われればご褒美だな。そうだ退屈なら、一緒に落果で今日の晩御飯の食材でも買いに行こうぜ」
「なんで、そんなこと」
退屈なのは事実だが、クロノワールにすべてを見透かされているようで、どこか釈然としなかったが、提案自体はまともだった。
「いや、今日一日、俺をお前が見張る。それで品定め。さらに、うまく異世界飯をアオケシの姉さんに振舞えれば、褒められるぞ。それは主従としては、嬉しい事だろう」
「……はぁ事実ですが」
事実、昨日の夢は、アオケシだけでなくマリーゴールドの好奇心も揺さぶっており、彼女の前世を知ることは、マリーゴールドの悲願にもなっていた。
「な、行こうぜ。二人でデート」
「デートじゃないですが……いいでしょう。私も落果を見て回りたいので……ご主人様に許可をいただいてきますわ」
「おう! 待っているぜ」
こうして、グリモワール二冊による落果ツアーが始まるのであった。
おやすみのくだりはブラックから普通の企業に転職した私の実体験です。
学生の皆さんは、就活の際必ず、会社評価の確認、インターンシップなどをちゃんと活用しましょう。
皆さんの心がアオケシの様にならない様に。
と言うわけで少しのブレイクタイムをお楽しみください。




