動き出す何か
身体中を迸る熱が過ぎ去り、徐々に意識が薄れゆく最中ーーニヒルの脳裏を過ぎるのは、走馬灯のような優しいものではなかった。
後悔と絶望。何層にも重なった処理しきれないだけの最悪が、こと切れる寸前になってまでもニヒルの胸を容赦なく痛みを伴わせ締め付ける。
結局叶うことはなかったのだ。親族を見返す事も、ここから抜け出す事も、あるかもしれない秘めた可能性の一端に触れる事も。
決断し決行した抗いも。今までの従いも全てが無駄であり、歩む人生というもの自体が無意味だったのだ。ーーこうなる運命だったのなら。
朦朧とし、霞む視界でそれでも魔獣を見つめつつ、意識が闇に溶けるその時まで鼓膜には嘲笑うかのような雄叫びが残っていた。
「全く……うぬは死にたいのかのぅ? 自殺行為なんぞしよって」
古風な喋りをする可憐な声音がニヒルに届いたのは、突如の事だった。そう。その声は前触れもなく鼓膜に届き、ニヒルの閉ざした瞼を半ば強引に持ち上げさせたのだ。
「ーーここ、は……」
声の持ち主を探すよりも先に視界に入った景色が、ニヒルの不安を煽る。茜色に染まる大空に紫色をした異質の彼岸花に季節を無視して咲き誇る花々、そして乱雑に散らばる武器の数々。幻想的とは似て非なる此処は一体なんなのだろう。
今の今まで居た場所は地下迷宮だった筈だ。なのになぜーー
あれ以来、声も聞こえない。此処は死後の世界なのだろうか。それなら、この異質な場所も納得がいく。ニヒルは風一つない無音の世界を一人歩き出した。
何分あるいは何時間歩きさ迷ったか。同じ景色を見続けたニヒルの視界にやっと真新しいモノが写る。
ーー骨の山。
その頂きに座る何か。ニヒルは声の持ち主が彼女なのだと、直感し距離を縮めた。
「君は一体誰なの? それに此処は本当に死後の世界??」
茜色に照らされた彼女を見上げ、ニヒルが問いかける。
「朕はゼ=アウルク。この世を守護していた者じゃ」
彼女が名乗りを上げた刹那、息が詰まる感覚に陥った。ニヒルは彼女の名前を。ーーいや、この世に住む人間ならば全員が知っていても過言ではない。
世界にたった一つの名前。混沌と厄災を撒き散らす悪の権化。災厄の人類悪であり、転移者である父と転生者の母を含めた四大英雄によって討伐された化物。
「ーー魔王・ゼ=アウルク……が、何でこんな所に……」