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地獄

 穴に倒れ込むように落ちたニヒルは今まで感じる事のなかった地獄を体感する事となる。


 急勾配ではない穴内部は、それでも天と地が分からなくなる位、体は転回。人工物ではない天然の風穴はゴツゴツと隆起部分があり、触れた体の箇所は肉を削がれ骨が砕かれる。襲う激痛は麻痺をも凌駕するものだった。


 ーーゴリッゴツッ。と、壁への衝突音よりもしっかり、鼓膜に届く自分の体が壊れていく音。生々しく恐ろしい音を聞きながら、転がり続けた。


 回転しながら体を激しく打ち付け、流血が目に入り、真っ赤に染まる視界の中、今までで最も一番近くに死を感じる。飛び掛けた意識を痛みが無理やりに手繰り寄せ、最悪を味わい続けた。


「グハッ……ガッ……」


 穴から吐き出され転がったニヒルは辛うじて命の火を燃やしている。長い時間にも思えた、たった数十秒の転落はーーそれでも、ニヒルの体に悲惨な重傷を負わせていた。


 顔は酷くむくれ原型を留めてなく、表情すら分からない。左足は本来曲がらない方向へ曲がり、右腕の骨は皮膚を突き破り飛び出している。体内部のダメージも深刻なもので、か細い呼吸をする度に器官から上がってくる血が口から零れだしていた。


 ーーゴボッ、ゲホッ。


 血が呼吸を妨げ、生きようとする体はその度にむせ返り、痛みがニヒルに死を望ませる。


 ーー死にたい。


 自分の運命を呪い、己が不運を笑う。望まれずして産み落とされた成れの果て。この状況下でも死ねないのは【フィジカルギフテッド】や様々なスキルを有した父が故に、必要としてこなかった【不屈】のスキルがあるからなのだろう。


【不屈】

『貫くべき信念が心身の能力を僅かに向上させ、精神は闇に溶ける事がない』


 固有スキルでありながら、そのどれもは大した効力を持っていない。僅かに向上させるのも、最初から【フィジカルギフテッド】で最強だった父には必要もなく。精神維持も聖女が居れば価値もない。


 どの道、ニヒルが今気を失わないのも痛みに抗い続けてるのも【不屈】があるからなのだろう。


 ーーなら、貫くべき信念とはなにか。


 今のニヒルが抱く強い感情、それは復讐心。ブァニス達、兄や両親に思い知らせるまで死ぬ訳にはいかない。絶望や痛みの陰に隠れた、ふつふつと煮えたぎる憎悪が信念とし、ニヒルの精神をこの世に辛うじて繋ぎ止めていたのだ。


 生きて帰らなくちゃいけない。ブァニスに言い放った言葉を思い出し、ニヒルは僅かながら力が入る左腕に力を込め、体を起こしその場に座り込む。


 そして右足と左腕で地面を押し、体がどうにか壁に寄りかかれる場所まで移動した。


 体の自由が効くあたり、麻痺の効果は切れたと考えていい。ニヒルは満身創痍の体で、自分に何が出来るかを考え、一番初めに行ったのは服の端を破る事だった。


 服の端を丸め、口に咥え力強く噛み締める。そうして、飛び出した腕の骨に手を添え、無理やり腕の中へ押し込んだ。


「ン゛ッー!! はぁ……は……ぁあ」


 激しい痛みに絶叫しながらも骨を戻す事に成功。


 ーー次は。


 聖女である母から【多属性魔法同時発動】のスキルを授かりながらも、たった一属性しか使えず。加えて一つの魔法しか扱えないニヒルの魔法。


「放、電……」


 指先から細い雷を放ち、切った服を燃やすと傷口にくっつける。肉や皮膚が焼かれ溶けて傷口は塞がり止血は成功。昔本で読んだ知識がこんな所で役に立つとは、当初のニヒルも知る由はない。


 応急処置が終わって、吐き出された時よりも冷静さを取り戻し、辺りを改めて見渡す。


 薄暗く視界は悪いが、暗闇とまではいかない。分厚い雲で日が陰った程度の明るさがあるのは、あちらこちらに埋まっている鉱石のおかげなのだろう。


地下迷宮(ダンジョン)


 その名の通り、分岐した道が幾つも存在する迷宮。本来は、選ばれた冒険者や騎士が測量士と共に探索し地図を描き、描かれた地図内での探索や素材集めを一般冒険者達はしているらしい。


 あくまでも本で得た知識の範囲を抜けないが。


 地図が無ければ道に迷うぐらいには、入り組んでいると考えていい。


 つまり歩き出せば、ニヒルは必然的に道に迷う事となる。加えてーー


「グルルル……」


 地下迷宮にも魔獣は存在している。一難去ってまた一難。神からも見放されたニヒルは、地下迷宮ーー地獄で命の炎を燃やす。


「かかって来いよ……犬っころ。僕は絶対に生き延びてやる」

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