地獄の始まり
一から書き直してます。
ーーとある青年がいた。
世界を救った偉大な勇者と聖女の血を引きながら、しかし、青年は二人の力を完璧に授かる事はなかった。
『落ちこぼれ』『欠陥品』
本来愛すべき両親自ら青年に押した烙印。落胆は当然、子育てにも影響し、無償の愛を終ぞ貰う事はなかった。
物置小屋に軟禁され、出される冷めた食事は家族の余り物。必要はないが、殺すのは良心が痛むからなどと言うエゴから生きたままの地獄を強いられてきた。
地獄を与えられながらも、殺さないのは愛がまだあるのだと思い込み、騙し、縋るだけの期待にも酷似した依存が青年を縛り付ける。
だが、青年が欲しった暖かく優しい愛は、双子の兄だけのものだった。兄ーーイロアスは転生者であり、母・聖女の有する【多属性魔法同時発動】に加え、父・勇者の用いる【フィジカルギフテッド】【剣聖】【魔剣】の力を完璧に引き継いだ、言わば完成者。
青年とは異なり、期待をされ大切に育てられてきた。薄汚れた窓から見る外の景色にはいつも三人の笑顔がある。いつかその場所に自分もーー
青年は唯一許された自室で行える書物での独学、筋力トレーニングをこなし続けた。ほんの少しだけでも、褒めて貰えたのなら。
そんな初々しい願いも、両親の目には行き届いてはいなかった。
無謀な事だと。無意味な事だと。物心は次第に自身の願いさえも蝕み始めた。寝ても覚めても自ら精神的に追い込む。酷く辛い自傷行為。
それでも微かな期待が愛を求めるのは、息子として逃れきれない本能なのだろう。
兄までとは言わない。ただ、ほんの少しだけでも優しくして欲しかった。認めて欲しかった。存在を。
ーーけれど、現実は抱く幻想すらも残酷にも無情に叩きつけて破壊する。
「何度だって言ってやるよ。お前は両親に捨てられたんだよ。新世界に必要ないってな? 俺達の為、一思いに死んでくれや」
倒れ込む青年ーー神楽=ニヒルを見下ろす冷たい双眸。野太い声の持ち主が持つ、今の今まで魔獣を斬り刻む為ぞんざいに扱われていた戦斧が眼前に向けられている。
麻痺薬を打ち込まれ身動きが取れないニヒルは、死を目前にこの期に及んで、戦斧の刃先から糸を引き滴る赤黒い血を眺め現実から目を背けていた。
地下迷宮には当初、両親が用意した【成人の儀】を行う為に来ていた筈だ。
イロアスと別で互いにチームを作り、地下迷宮内に潜って用意された試練を突破する事。これが両親からニヒルに与えられた初めてのモノだった。
試練を突破し成人の儀をクリアさえしたのなら、多少なりとも認めてもらえると思っていたのだ。
「反応なしかよ」
戦斧の刃がニヒルの頬を掠め、刃こぼれし斬れ味の失った鉄塊は鈍い痛みを与える。頬を伝う自分の血の温かさがニヒルを現実へと無理やり引き寄せた。
「だって……ブァニスさん達は父さんが用意した……」
辛うじて動く目で見上げ、涎で頬を汚しながらニヒルが訴えかけると、ブァニスはおぞましい笑みを浮かべた。
「分かってんじゃねぇかよ。そうだ。俺たちゃ、自ら立候補したんじゃねぇ。お前の親父に選ばれたんだよ。考えてもみろよ」
ブァニスは屈むとニヒルの黒い髪を引っ張り上げる。
「俺達の独断でお前に危害を加える程、自殺行為はねぇだろ? 俺達じゃ、あの三人にゃ勝てやしない。そんぐらい弁えてんだよ」
筋骨隆々とした体躯を有した大男・ブァニスはニヒルをそのまま悠々と投げ飛ばす。頭から激しく叩きつけられ転がったが、麻痺薬が効いてるため痛みはない。
今は痛いだとか痛くないだとか、そんな事どうでもいい程にニヒルは混乱していた。殺す気なら、態々生かしていた意味がわからない。こんな事をするぐらいなら。こんな思いをさせるぐらいなら。食事に毒を盛ったり殺す機会はいくらでもあった筈だ。
十七年間蓄積された微かな希望が崩落の音をたてる。
脳内で繰り広げられる様々な推察のどれもが最悪の一途を辿る中で、ニヒルの何かがプツリと切れる音を出した。
「とは言え、数時間は共にした仲間だ。選ばしてやるよ、俺に殺されるか。それとも、後ろにある穴に自ら飛び込むか」
ニヒルは何回も転倒し、鼻から出血させつつも漸くその場に立つと笑みを浮かべた。
強がりやブァニス達に向けての嘲りではない。この笑みはどうしようもなく哀れで惨めな自分に向けての乾いた笑い。
僅かでも期待をしていた。多少なりとも、愛してもらえているのだと思い込んでいた。実に下らなく滑稽なものだ。これは全て弱い自分が自身を騙す為に見せていた錯覚。
ニヒルはブァニス達を睨みつけ、口を開いた。
「お前達に殺されるぐらいなら、自分の足で堂々と死んでやる。ただな……もし僕が生きて戻ったその時は絶対にお前達をこの手で殺してやる」
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