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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 小学生の観察力は凄い。「お前の母親っていっつも違う男と歩いているよな」と言われたことがある。

 当時の僕も、それを言ってきた彼も、深い意味は分からなかった。ただ、それが良いことではないことは周知の事実だった。

 友達がいなかったわけではないが、小学生の僕は浮いていた。

 涼しい風が僕の頬を優しく撫でる。この夜風だけが僕の味方だ。風から夏の匂いがした。

 ……僕の母は馬鹿だ。学がない。だから、僕に優しくないのだ。

 こんな場所からいち早く逃げたかった。その避難場所が岡峰さゆりだったのかもしれない。今更、そんなことを考えても遅いのだろうけど。

 そんなことを考えていると、僕のポケットの中で着信音が流れた。

「もしもし」

 相手を確認する前に、電話に出る。こんな夜中に僕に電話をかけてくる人物なんて一人しかいない。

『月が綺麗ですね』

 第一声が愛の告白。

「死んでもいいわ」

『沖原と俺相思相愛じゃん~。島崎に怒られるな~』

 月が綺麗ですね、に、死んでもいいわ、は私も愛しているという返しになる。

 清一の陽気な声にさっきまでの吐き気が薄れた。清一と友達で良かった。

「どうした?」

『今何してんの?』

「夏を感じてる」

『蝉でも抱いた?』

「蝉も七日間しかない命を僕と過ごせて良かったと思うよ」

 ボケをボケで返す。うげぇ、と清一の声が聞こえる。僕が蝉と寝たのを想像したのか、本当に気持ち悪がられている。

『お前が蝉を抱いていなかったら、一緒にラーメン食おうぜって誘おうと思ってたのに』

「え、食う」

『蝉を抱いた男には俺と一緒にラーメン行く権利はございません。お疲れさまでした』

 電話越しに煽ってくる清一の表情が目に浮かぶ。

 蝉、で思い出した。俺は未だに清一が大学の入学式の日にカエルを持っていた理由を知らない。絶対的に意味不明な行動なのに、特に言及してこなかった。

 カエル味の飴玉という単語で、それすらも気になり始めてきた。

「なぁ、清一」

『ん?』

「なんで入学式の日にさ、カエル持ってトイレに入って来たんだ?」

『えええ、今? 今それ聞く? めちゃくちゃ今更じゃね?』

 清一の驚く声がうるさくて、携帯電話を耳から少し話した。確かに、今更中の今更だ。

「今まで特に気にしてなかったけど、なんでかなって」

『気にしてなかったのも変だけどな』

「清一と仲良くなり始めてから、こいつはカエルを抱いてても不思議じゃないって思ったからかな」

『なんかやめろ。語弊がある。カエルは抱かねえよ。ただ両手で持っていただけ。それに……、あ、そうだ、俺も教えるから、沖原も一個教えてくれね?』

「何を?」

『沖原さ、さゆりちゃんと知り合い?』

 さゆりの名前が出て、ドキリとする自分がいる。

 そりゃそうか。あの食堂で彼女に会った時の僕の反応を見れば、確かに気にする。というか、清一もよく今までさゆりについて聞いてこなかったな。

「いや、初対面」

 無理がある嘘だと思いながら僕はそう言った。


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