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女子高校生がカフェで人生相談をしていた。
僕と清一が期末テストの勉強をしていると、女の子特有の高い声が聞こえてきた。
高校生の会話ってあんなに大人っぽかったっけ、と思いながら、ゆっくりとリビングのソファに横になった。
……最後に女子高校生の一人が発していた「カエル味の飴玉」という言葉。
その言葉のせいで勉強に集中できなくなった。呪いのようにずっと脳内で反芻している。
カエル味の飴玉、という言葉を最初に聞いたのはどこだっけ
絶対に舐めたくない。最初の印象はそれだけ。ただ、話を聞いていくうちに興味を持った。
どうやら記憶を消すことが可能な飴玉らしい。
もちろん、そんな飴玉がこの世に存在するなんて馬鹿らしいと信じなかった。都市伝説よりも信憑性のない話だ。
どれだけ調べてもカエル味の飴玉なんて情報は出てこなかった。誰かがふざけて発した言葉がどんどん膨らんで噂となって僕の耳に届いたのだと思っていた。
…………嘘じゃなかった。
カエル味の飴玉は本当に存在したのだ。
「おい、起きろ。ソファが汚れんだよ」
聞き慣れた毒舌で目が覚める。
カエル味の飴玉について考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
まだちゃんと脳が起きていないが、無理やり体を起こす。憎悪に満ちた母の瞳に寝起きの僕が映る。
「すみません」
「ハナちゃんに似てないねぇ」
母の隣で小汚い中肉中背の男性が唾を飛ばしながら口を開く。
今の母の彼氏だ。相変わらず趣味が悪い。唯一まともだと思えたのが、僕の実の父親ぐらいだ。僕が生まれる前に離婚したらしいから、記憶は一切ないが、母と別れたことは英断だったと思う。
僕は捨てられたんだ、なんて感情を持ったことも一切ない。ただ、一度どんな人か会ってみたいとは思っている。
「そうなのよ~~。父親に似て顔は良いんだけど、こいつ見る度にクソ男を思い出しちゃうの~~」
母の男に媚びる声に吐き気を覚える。
母の口から何度も父親の悪口を聞いているのに、僕は一度も父親のことを悪く思ったことがない。幼い頃から、母の言うことを何一つ信用していなかったのかもしれない。
「可哀そうなハナちゃん、嫌な目に遭ったんだね~~」
男の声にも吐きそうになる。母に鼻の下を伸ばしながら、母にべたべたと触る。母の顔が女の顔に変わる。
僕はこの瞬間が一番嫌いだ。
母は僕を一瞥して、鞄の中から千円札を「ほら」と投げ捨てた。
この場所から出ろ、の合図だ。物心ついた時からずっと変わらない。夜中に小さな子供が一人でうろついていたから、一度警察に世話になったこともある。
警察の前では良い母親ぶる。だが、帰宅後が地獄だった。まだ無力な子どもを、抵抗できない息子を、一晩中罵り、殴り続けた。
次の日、小学校には行けなかった。
それ以来、僕は絶対に警察に見つからないように夜の街を歩き回った。
僕は千円札を拾い、何も言わずに部屋を出た。そのまま、サンダルを履いて、夜に溶け込む。
夜に働きに出る、その意味を知ったのは小学生ぐらいの頃だった。