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読んで頂きありがとうございました!!♡
みなさんは、カエル味のあめ玉ほしいですか?
「里親、というか、家を借りて生活を援助していただけなんだけど……、なんだか僕も寂しくてね」
良かった、と私は胸を撫で下ろす。この男性は誠実だった。
「彼女たちのことを小さい頃からずっと知っているからこそ、下の子が成人するまで面倒を見たかったんだ」
「……けど、ともっちは自分の人生を歩まないと」
私がそう言うと、違うんだ、と彼は否定した。
「彼女たちがいるから自分の人生を歩めていたのかもしれない。僕を必要としてくれたから、生きていけたのかも。……この仕事って結構しんどいことも多いから」
その微笑みの中にある感情を私は読み取ることができなかった。ただ、本当に何度も困難な経験をくぐり抜けて、今ここに立っているように思えた。
「落ち着きたい時にこの鉄橋によく来るんだ。……けど、今日は先約がいたみたい。だから、声を掛けてしまったんだ。すまないね」
大丈夫、と私は小さな声で呟く。
私も川を見て、少し落ち着きたかった。岡峰まつりが学校の方へ戻っていくのを見届けて、自分の感情も整理したかった。
「結婚って幸せ?」
私はまだ結婚していない彼にそう尋ねた。彼は私と共に川の方へと視線を移して、少し考え込んでいた。
法律で守られた関係というのは、安心感はあるだろう。けど、ずっと一人の人に縛られることは本当に幸せなのだろうか?
次に出会う人が運命の相手かもしれない。人生何が起こるのか分からないのだから。
「幸せだよ。この星の数だけある人間の中から、たった一人だけに恋に落ちて、選んで、その人を愛し抜けるって、幸せそのものだと思わないかい?」
「…………ハッピーエンドだったらいいね」
私の両親はバッドエンドだった。……いや、違うのかも。あの離婚はお互いにとってこれからの幸せに繋がったのかもしれない。
「恵美ちゃんの未来もハッピーエンドであることを心の底から祈ってるよ」
「そうなるといいね」
「そうなるよ、きっと」
その言葉はとても暖かかった。他人から優しい言葉をかけてもらうことなどなかった。私は彼から貰ったその言葉を心の中でそっと抱きしめた。
「……残された二人はどうなるの?」
ふと気になったことを聞いてみる。
「施設に戻すよ。本当はここを出て、ずっと遠くに行く予定だったけど、やっぱり最後まで彼女たちが大人になる瞬間まで見守っていたいからね。それが僕の役目だ」
遠くに行けた方がいいな、と私は思った。川の流れに乗って、誰も私のことを知らないところへと連れて行ってほしかった。
「施設に戻すなんてことできるんだ」
「本当は無理だけど、僕はこう見えて意外と施設の中で権力があってね」
柔らかく微笑む彼を見て、きっと彼は施設長なのだろうと思った。
「成人している子もいるけど、なんとかなるよ」
なんとかなるよ、で、なんとかしてくれる大人がいる。……その二人は恵まれている。少しだけ羨ましかった。私は自分の人生を自分の力でなんとかしてきた。
だからこそ、岡峰まつりが私の前に現れた時は、彼女にはなんとしても、絶対にハッピーエンドになってほしかった。……自分と重ねていたから。
ハッピーエンドになれるのだと証明してほしかった。
「私は兄にある意味、恋をしていたのかもしれない」
私も彼に突然の告白をする。彼は「そうなんだ」と丁寧に相槌を打ってくれた。引かれてもおかしくないような発言をしたのに……、流石施設長だ。
「手に入らないものを求めてたんだよ。……だから、いつまでたっても満たされない」
カエル味の飴玉なんてこの世に出回ったせいで、私の人生が大きく変わった。けど、そんなものに頼ってしまう者の気持ちも痛いほど分かる。
私はこの矛盾をずっと抱えながら生きてきた。
「最愛の人に傷つけられて、立ち直れないような一生の傷を心に負う。辛い、苦しい、しんどい、そんな思いから解放されるためにカエル味の飴玉は作られたのではないかって」
カエル味の飴玉の存在などきっと知らないであろう彼にそう言った。
考えを言語化すると思考がまとまる。私の話を聞き流していたとしても、自分の声で自分の意見を耳で聞くことに意味があった。
私は河川敷の方へと視線を落とす。
…………兄だ。
兄がいた。よく見ると、ミニスカートを履いた可愛らしい女の子に見覚えがあった。化粧をしていて垢抜けているから気付かなかったけど、あの綺麗な女性は、かつて兄が最も好きだった彼女だ。
私が見ていない間に何が起こったのか分からない。……けど、二人とも幸福に包まれたように笑っていた。
良かった、と安堵のため息をつく。
私は兄の恋の行方を無事に見終えた。もう、そろそろ彼から離れてもいいだろう。
「正解だよ」
澄んだその声に私は牧田智一の方へと視線を戻した。
彼は私の右手を手に取り、手のひらに小さな袋を乗せた。
「君の未来に幸多からんことを」
そう言って、彼は私の元を去って行く。私は彼の方を振り向かなかった。手のひらの上に置かれた飴玉の袋を見つめた。
…………これの正体を知っている。
兄にとって、これから先、たくさんの幸せに溢れていますように。
岡峰まつりにとって、この世界が優しいものでありますように。
そして、もう一度、いつの日か、私にとってのヒーローが現れますように。
私は、ビリッと勢いよく袋を破り、この世で一番嫌悪している飴玉を口に放り込んだ。
「まっず」
ここへ来た時よりも軽い足取りで、学校へと足を進めた。




