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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 ハッピーエンドを求めていた。

 追い求めるうちに何がハッピーエンドなのか分からなくなっていた。ただ、私の周りの人たちは絶対にバッドエンドにはなってほしくなかった。

 親が離婚してから苗字が宮川に変わった。旧姓は後藤。

 私には一人兄がいた。幼い頃、兄に忘れられた。

 ……誤飲してしまったカエル味の飴玉。

 それが両親の離婚のきっかけにもなった。親が傍にいたのにも関わらず、兄に変なものを食べさせたと父が怒り狂っていたのを今でも覚えている。

 カエル味の飴玉は私たち子どもが入手したものじゃない。……きっと、母親だ。

 誰のことを忘れたかったのか分からない。けど、幼いながらにその話題には触れてはいけないと思って一度も触れたことはない。これからもそのことについて追及することはないだろう。

 後藤清一は私のヒーローだった。

 カッコいい自慢の兄。私のことを忘れたとしても、それは変わらなかった。

 たとえ忘れ去られても、私は兄を変わらず愛していた。俗に言う「ブラコン」なのかもしれない。

 離婚しても、兄のことは知っていたし、彼の恋愛も知っていた。探らずとも、何故か情報を耳にすることが多かった。兄自体が人気者だったからかもしれない。 

 大好きな彼女に忘れられて、兄がどん底になったのを知っている。必死にカエル味の飴玉の呪いを解こうとしていたのも知っている。

 兄がしんどくなっている様子を見ていたし、私みたいな寂しい思いをもう二度と誰にも味わってほしくない。だから、カエル味の飴玉などこの世から消えればいいと願った。

 岡峰まつりが姉に忘れられたという噂をどこかで耳にした。

 私と似たような境遇の子がいるのだと思うと嬉しかった。彼女と親しくなりたかった。大切な家族に忘れ去られるという喪失感を共感できるのは、それを経験した者にしか分からない。同情じゃなくて、共感が欲しかった。

 共感のない世界は孤独に殺されそうになる。だからこそ、岡峰まつりと一緒に遊ぶ機会を探していた。

 岡峰まつりと初めて遊んだ時にまさか兄に遭遇するとは思いもしなかった。あんなに近くで会うのは本当に久しぶりだったから動揺した。けれど、私のことを忘れ去った兄を前に、私は知らないふりをしなければならない。

 兄は私のことを二度と思い出さなくていい。妹を忘れてしまったなど、兄が傷つくだけだ。だから離婚後、両親は、兄は一人っ子だということにした。

 妹という存在は兄にとっていなかったものになったのだ。私と両親だけが四人家族だったということを知っている。

 当時、兄を可哀想だと思っていたが、大人になって分かった。覚えている方が苦しい。

 ……兄はやっぱりヒーローだった。

 カラオケボックスで彼女を助けに現れた瞬間、「お兄ちゃん」と抱きしめに行きたかった。けど、彼にとって私は知らない人で、他人だから、何もできない。

 まつりんに私のヒーローを貸してあげるね、という心の中で呟き、あの時はその場を後にした。

「何か辛いことがあったのかい?」

 私は河川敷の上にある鉄橋から川をばんやりと眺めていると、突然誰かに話しかけられる。鉄橋に右ひじをついたまま、声の方へと視線を移す。

 銀縁の眼鏡にスーツを着た朗らかな男性。ナンパではなさそうだし、宗教の勧誘?

 私が怪訝な目で彼を見ていると、「急に話しかけてごめんね」と彼の方が慌て始めた。

「どうして?」

 私は冷静に彼にそう尋ねた。彼は姿勢を正して、優しい口調で声を発した。

「そういう目を知っているから」

「……名前は?」

「牧田智一」

「ともかず……、渋い名前だね」

「ありがとう」

「私は宮川恵美」

 自己紹介をし終えて、私は河川敷の方へとぼんやりと視線を移した。河川敷に似合わない格好の可愛らしい女の子がいる。どうやら男の子と向かい合って、今にも殴り合うぞという雰囲気だ。

 昭和チックな喧嘩でも始まりそう……。女の子ミニスカだけど……。

 私はそんなことを思いながら、川の流れを目で追う。どこまで行くのだろう。

ここからずっと遠くへ、果てしない場所へと向かっている川に私も身を委ねたかった。今の環境に満足している。友達にも恵まれて、母との二人暮らしだって悪くない。

それなのに、ずっと穴の空いた心に「満足」という感情を注いでいるような感覚だった。どれだけ注いでも、零れていく。

「ともっちはさ、寒い冬にどれだけ布団を渡されても、凍えているような感覚って分かったりする」

「ともっち……」

 私がいきなりあだ名をつけたことに少し驚いた後、彼は真面目な顔になる。

「僕はそういう子たちを沢山見て来たけど、僕が生半可な気持ちで理解できるなんて言えないものだったよ」

「……そう」

「もうすぐ結婚するんだ」

「そ、れはおめでとう」

 話のベクトルがいきなり違う方向へと向いたことにびっくりしつつも、祝いの言葉を口にする。

「二人の女の子とお別れするんだ」

「うん」

 浮気? と思いながら私は話を聞く。三股なんてできるような男には見えない。

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