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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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『さっきの雨の音楽はいかがだったでしょうか。いやぁ、暑い日には水を感じないといけないですからぇ』

『西田さん、来客です!』

『おっと~~。突然のスペシャルゲストですか~~』

 いつもと違う興奮の声がスピーカーから流れてくる。私は少しだけ放送に耳を傾けた。

「さゆり、行くよ~」

 私は「は~い」と返事をしながら、トートバッグを肩にかけて教室を出る。

 午前の授業が終わり、お昼ご飯は友達と大学の近くにあるカフェで食べることになっていた。十穀米が美味しいランチがあるらしい。友達曰く、女の子に大人気で毎日長蛇の列ができているようだ。

 私もそろそろダイエットしようと思っていたから、快く誘いに乗った。それに、キャンパスライフもそう長くはないかもしれない。

 ……けど、私は、きっと妹もここを離れたくはない。

「楽しみだね、十穀米。便秘解消されるといいな」

「なんか、さゆりは十穀米に対しての期待の視点が違う気がする」

「十穀米には働いてもらわないと」

「過酷な労働だって十穀米に訴えられるよ」

「大丈夫、勝訴できる自信ある」

「確かにさゆりなら勝てそう」

 十穀米の話で盛り上がりながら、大学を去ろうとした。その瞬間だった。

 私の名前が呼ばれたような気がした。

『さゆり』

 …………琴?

 私はその場に立ち止る。友達が「どうしたの?」と不思議そうに私を見る。私は耳を澄ませながら、自分の聞き間違えではないかと確かめる。

『岡峰さゆり、さんは、いますか?』

 確かに私の名前が呼ばれた。

 もっと近くで聞かないと……。私は友達に「ごめん、先に並んでて」と告げて、気付けば走り出していた。

 スピーカーの近くへと向かう。何が起こっているのか分からなかったが、琴が私の名を呼んだというだけで、ここを離れるわけにはいかない。私の細胞が全て反応したのだから。

『えっと……、すみません。こういうの、慣れていなくて、なんて言えばいいのか分からないんですけど……』

 言葉に詰まる琴に周りの学生も足を止めて、彼の言葉を聞き始めた。各スピーカーの元に人が集まる。

 琴、注目されるのは苦手なはずなのに……。

 大学内に私の名前が放送されることも恥ずかしいことなのに、今はそんなことを少しも気にしなかった。ただ、琴のことだけに意識が向いていた。

『あの…………』

 私はスピーカー越しに琴を見守った。周りにいる学生がみんな琴を応援しているように見えた。

 女子大生たちも「がんばれ~」と楽しそうに喋りながら帰っていく。

『僕の好きな女の子は、少女漫画を教えてくれた女の子です』

 え、と思わず声を漏らす。

 あの時のことを琴は何一つ覚えていないはず。何がどうなっているのか分からない。私は夢でも見ているのかもしれない。

 そもそも琴は順子と付き合ったのだ。

『玉子焼きがめちゃくちゃ美味しいです。字も綺麗で、緊張すると髪を何度も耳にかける癖がある。いつもどこか寂し気にしているけど、小さなことでとても嬉しそうにするんです。道端に咲いている誰も見向きもしない花を見つけて喜んだり、歩道橋に落書きされた相合傘を見てニヤついたり、積乱雲だといい日だって楽しそうにするんです。けど、積乱雲って結構強い雨が降る予兆ですよ?」

 フフッと周りで笑いが起こる。暖かい空気に包まれていた。誰も琴を揶揄するような人はいない。 

 ……琴が沢山話している。こんなにも話すこと自体珍しいのに、全部私のことだ。

『あと、笑顔が世界一可愛い女の子です。彼女が幸せに笑っているだけで……、僕はそれだけでこの世界に生まれた意味があると思える』

 落ち着いた彼の低い声が私の心を包み込んだ。彼への愛情が心の奥底から湧き出てくる。

『さゆり……、彼女は僕にありったけの愛をくれました。だから、僕は一生をかけて彼女に愛を返すんです。たとえ、いつの日か忘れられたとしても』

 私は静かに誰にも気付かれないように涙を流した。水滴がスウッと頬を伝う。

 何度でも、貴方に恋をする。

 私の愛情で溺れるぐらい貴方を愛した記憶を心に刻もう。

 沖原琴という男を脳が忘れたとしても、心は忘れやしない。

『僕の心はずっとさゆりのところにあるから』

 いつの間にか私は放送室へと走り出していた。

 



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