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岡峰さゆりを探しに行く。
死のうとしていた僕に与えてくれた愛を拾わなかった。母もきっとそうだったのだろう。僕の愛を拾わなかった。
愛を上手く扱える人なんてこの世にいないのかもしれない。みんな愛に悶えて、愛に悦び、愛に生きて、愛に死ぬ。
愛に振り回されるなんて愚かだと思っていたけれど、人間は愛に振り回される生き物なのだ。想ったり、想われたり……気持ちほど変動的なものはない。
たった一人想う人を選択する。誰かを選択すれば、もう選択権はなくなる。僕はずっと昔に岡峰さゆりを選んだのだ。もう決めた女がいたのだ。
一度放棄したから、今更彼女を想う権利などないのかもしれない。
それでも、僕は彼女を手に入れたいと思った。
厄介事が後からついてきたとしても、それでも今、僕は彼女を手に入れなければならない。そうじゃないと、もう二度と彼女と巡り合えないような気がした。
二度あることは三度ある。この出会いが三度目だ。もう、次はない。
僕は大学に着くなり、さゆりを探した。
スマホで時間を確認する。……お昼時。もしかしたら、前に座っていたベンチにいるかもしれない。
僕は駆け足でベンチの方へと向かうが、彼女の姿はなかった。
さゆり、君はどこにいるんだ?
僕はあてもなくキャンパス内を駆け巡る。
彼女の存在を意識してはいけないと思った時に限って現れるのに、どうしてこんなにも探している時に限って見つけられないのだろう。
……今日、ここで彼女と会わないと本当に終わってしまう気がする。
焦りが僕を更に不安にさせる。もしかしたら、もう大学にはいないのではないか、と。
『お昼の時間がやってまいりました。さて、本日も私たちラジオ部のゴッズスマイルがお送りいたします。先週はヒューマンアングリーが担当いたします』
キャンパス内のスピーカーから流れてくる放送に意識を向ける。普段は絶対に聞き流すが、何となく耳に入って来た。
神の笑顔の次は人間が怒るのか、ラジオ部のグループ名のネーミングセンスに嘲笑してしまう。
『こんにちは。ゴッズスマイルの西田です』
『ゴッズスマイルの河本です。本日は快晴ということで! 太陽に合った雨の曲を流しましょうか』
『お~~、あえての雨。良いですね。皆さんがお昼ご飯を食べている間、僕たちは恵みの雨でも飲んでおきましょうか』
足を止めて、僕はスピーカーを見上げた。彼らの声が大学内に流れる。これだ、と思った。
僕は放送室へと急いだ。
大学の放送室など初めて訪れる。少し迷ったが、構内の地図が分かりやすく放送室の場所を示してくれていた。
放送室の少し廃れた扉の前に立つ。スゥッと大きく息を吸い、心を落ち着かせた。
正直、こんな目立つようなことはしたくない。……けど、羞恥の心を捨てないことには僕はさゆりを手に入れることなどできない。迷っている暇などないのだ。
最近音楽界で話題になっている歌手の雨と涙を掛け合わせたような曲が流れている。少しセンチメンタルな気持ちになりながら、僕は放送室の扉を開けた。
ガチャッと音が響く。鍵が掛かっていることを覚悟していたが、いとも簡単に開いてしまった。




