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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 私は宮川さんに言われて、学校へ戻った。彼女は用事があるからと行って、学校には戻らなかった。

 なんの用事かは追及しなかった。

 保健室の扉を開けた瞬間、尾形先生が私の方を振り向いた。彼女は「谷沢はそこで寝てるよ」と教えてくれた。

 私は「ありがとうございます」と小さく頭下げて、尾形先生が指差したベッドのカーテンを開ける。

「徹くん」

 私は声量を抑えながら彼に話しかけた。彼は私の方を背にして眠っている。

 ここで寝ているということは、彼も彼なりに色々と考えていたのだろう。まだまだ私も自分勝手だと再認識させられた。

 落ち着いて考えてみると、谷沢くんは私を騙すような人じゃないって分かることなのに。

 私は椅子に腰を下ろして、彼の背中に話しかけた。寝ていたままでいい。後でちゃんと話し合えばいい。

「私ね、きっと誰かの『特別』に憧れていたんだと思う。姉や加奈子から忘れられちゃったけど、ある意味忘れられたってことは特別だったのかも。誰かにとって格別な存在になりたかったの。……過去形じゃないか、今もなりたいの」

 私は独り言のようにずっと話し続ける。聞いていなくても、聞いていたとしても、私は自分の思いをようやく吐露できる。

「少し前まで他人に期待しない、特別になることを望まないって思っていたのに、徹くんが現れてから変わった。……私は貴方の特別になりたい。谷沢徹がほしい」

 思ったよりすんなり言えた。私は息を吸って、もう一度口を開く。

「私、徹くんが好きだよ」

 保健室の静けさに私の心臓の音だけが聞こえる。ドクンドクンッと大きな音を立てている。私の心拍数だけ浮いている。

 出よう。また、彼が起きたら来よう。

 私が立ち上がった瞬間、「俺も岡峰まつりがほしい」と谷沢くんは上体を起こして、私の腕を握った。

 男の人の手だ……。大きくて、骨ばっていて、私とは全く違う手。

「俺の初恋は確かにさゆりさんだけど、手が届かなかったからまつりちゃんに近付いたわけじゃない。最初から言えば良かったのだけど、まつりちゃんの過去を知ると、さゆりさんのことを言うのを躊躇ってしまって、完全に伝えるタイミングを逃したんだ」

 さゆりさん、と谷沢くんの口から聞くのはなんだか違和感を抱いた。本当に私の姉を知っていたんだと実感する。

「最初はミステリアスな雰囲気が似ているなって思って、気になり始めたけど、関わっていくうちにまつりちゃんの魅力にどんどん惹かれていった。図書委員を一緒にした時だって、俺はまつりちゃんしか見ていなかった。さゆりさんを思い出すことすらなかったよ」

 谷沢くんが嘘を言っているようには思えなかった。莉子が谷沢くんのことを臆病者だと言っていた理由が少し分かった気がする。

「スーパーでは、私を見つけたんじゃなくて、おねえちゃんを見つけたんだよね?」

「あれは本当にまつりちゃんだけを見ていたよ」

 谷沢くんの表情が和らぐ。

 私の中の何かが彼の愛に溶けていく。ずっと冷えていた感情がじわじわと熱を帯びる。 目頭が熱くなり、私は思わず目線を下げる。

「海で大人になりたかった理由を聞かれた時、まつりちゃんを傷つけてしまうんじゃないかって……」

 だから、あんな切なそうな表情をしていたのか。

「徹くんは臆病だね」

 私はそう言って、顔を綻ばせた。

「嫌いになった?」

「ううん、好きだよ。臆病なところも」

「俺もまつりちゃんの強いところも弱いところも全部好きだよ」

 私はずっと谷沢くんみたいな人を求めていた。私の全てを包み込んでくれるような人。深くて大きな愛に守られたい。

 この手を手放さないでね、と心の中で呟く。

「徹くん」

「ん?」

 名前を呼ぶと、微かに首を傾げる彼を愛おしく思う。溺れるぐらいの愛を注ごう。私なりに愛をちゃんと形にしよう。

「私を見つけてくれてありがとう」

 私がそう言うと、谷沢くんは頬を少し赤らめながらはにかんだ。

「俺の世界に入ってきてくれてありがとう」


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