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そりゃそうだ、デート当日に彼女からタイマンを申し込まれるとは思ってもみなかっただろう。
少し強い風が吹く。自分の髪が靡くのを抑えるように耳にかける。
私たちの少し先に大きな黄色い花が咲き誇っているのが見えた。
向日葵。花言葉は、あなただけを見つめる。
……特に何か明確な思い出があるわけではないのに、向日葵が大嫌いだった。向日葵に傷つけられたわけではない。それなのに、向日葵を見るとトラウマを思い出すかのように吐き気を覚える。
私は向日葵から目を逸らし、沖原くんへと顔を向ける。
今は気持ちを切り替えないと。
「いざ勝負!」
私はいつもより強い声量を放つ。
花柄の可愛らしいピンクのミニスカートとオフショルダーの白いトップスを着て、仁王立ちをしている女など、この河川敷に私ぐらいしかいないだろう。
「まって、本当に話が読めない」
「ついに私たちが戦う日が来たんだよ、沖原琴くん」
「僕は彼女と戦う予定なんてないんだけど」
「ん~~、じゃあ! 決闘を申し込む!」
タイマンに乗り気じゃない沖原くんに無理やり喧嘩を売る。えええ、と沖原くんは更に顔を顰める。
「あ、手袋でも持ってこれば良かったね」
私が悔しそうにそう言うと、沖原くんは「手袋を投げられても、決闘しないよ」と真面目に返答してくれる。
やっぱり、私はこの人のこと好きだな、と思う。
理屈じゃない。ただ愛しているのだ。一緒に時間を過ごしているこの時間が愛おしくて、抱きしめたいほどに……。
「どうして僕と戦いたいの?」
ごもっともな疑問を投げられる。私は沖原くんにニコッと笑みを向ける。
「私は、前に進むタイプの女だから」
「どういうこと?」
「いつまでも沖原くんを私のところに引き留めちゃいけないの」
「何を言って……」
沖原くんは私を見つめながら、何も言わなくなった。
きっと、私の覚悟を悟ったのだと思う。ただ私は笑う。悲しみなど見せないように、心に頑丈な甲冑を着せた。
「僕、順子を幸せにできなかった?」
「ううん、違う」
私は首を横に振る。何故か沖原くんが泣きそうな表情をしていた。とても寂しそうに私を見る。
「沖原くんの運命の人は別にいるでしょ」
私は声が震えないように、はっきりとそう言った。
これは私と沖原くんの戦いだ。私がここで弱みを見せてはいけない。私が負けてはいけない。ここで悲しさを見せてしまえば、沖原くんはきっと私の元から離れないから。
だから、私から切らないといけない。
「……僕は、順子のことが」
「さゆり、この町を出て行くの」
「え」
彼は目を大きく見開く。その瞳にはもう私は映っていない。さゆりの名前を出すと、沖原くんの心は動く。
「逃しちゃだめだよ。…………私が前に言ったこと覚えてる?」
私は背筋を伸ばしながら「恋は……」と口にする。彼は私から目を逸らすことなく答えた。
「決断とタイミング」
「正解」
私は彼に右親指を立ててグーサインを向けた。




