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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「アパートの一室を借りてくれた。それ以来、私たちはずっとそこに住んでいる。元々独身だから、手続きとか相当面倒だったはずなんだけど、牧田くんも向こう側の人間だからなんとかうまいことできたみたい」

「凄いね、牧田くん」

「うん、本当に凄い。感謝しかない」

 声量が弱くなっていく彼女に私はギュッと手を握った。

「さゆりはもっと凄いよ」

 私は彼女の凄惨な過去を到底分かってあげることなどできないだろう。けど、知ることはできた。それが重要だ。

「私は妹のことを守れなかった。一番守らないといけないのに、傷つけてしまった」

 深くは聞かないで置こうと思った。そう言って、自分を責めるさゆりはとても苦しそうに見えたから。私は下手なことは何も言えない。

 けど、さゆりは絶対的に妹の支えになっていたはずだ。死に物狂いで妹を守ろうと今もしているのだから……。

 私は彼女の手を握りしめる力を強めた。

大丈夫、私はさゆりの味方だから。離れないから。

「……私ね、ここを離れるの。きっと、もうすぐ大学もやめる」

 突然の告白に私は「嘘」と擦れた声を出す。

「本当。牧田くんが結婚するから」

 穏やかな口調でそう言ったさゆりはとても喜んでいるように見えた。

「きっと、彼は私たちのせいで結婚できなかったから」

 彼女はそう付け足す。

 沖原くんと一緒に見た眼鏡の中年男性は確かに良い人に見えた。さゆりがちゃんと大人になるまでずっと見守ってくれいたのだろう。

 この世界をさゆりが少しでも生きやすいようにしてくれた。

「だから、本当に良かった」と

 彼女はしみじみと牧田くんの結婚を実感していた。

「これからどうするの?」

「今までは同じ県内で動いていたんだけど、今度は遠方に飛ばされちゃうんだ。私は妹が高校を卒業するまでは傍にいるって決めてるから」

「なんで遠方?」

「私、ついに出稼ぎ労働者になります」

 明るい声で彼女は私に敬礼をする。その吹っ切れた彼女を改めて尊敬した。

 もう自分の人生を犠牲にすることはないのに、と言いたかった。けど、私が簡単に口に出していい言葉じゃない。彼女にとって覚悟を持って決めたことなのだったら、応援しないと……。

「美味しい海苔でも作るかぁ」

「私が買い占めるね」

 私も精一杯明るく返す。

「妹の受験が終わるまで待ってくれる予定だったんだけど、結婚早まったんだって。今の彼女がすぐにでも結婚しようって。私はそれで本当に良かった。私たちのせいで牧田くんの人生をこれ以上狂わせたくないから。世の中にはこんな優しい大人もいるんだって知ることができたし、私は幸せ者だよ」

 いつもにましてさゆりは沢山話す。

 彼女の口から出る言葉は牧田くんに対しての感謝で包まれていた。

 私が見てきたさゆりは一度も苦労を表に出したことはなかった。こんな大変な経験をしているのに、ごく当たり前のように私と一緒に大学生活を送っていた。

 さゆりほど強い子を見たことがない。

「くそったれな世界を心の中でずっと殴り続けてきた。それを牧田くんは温かさで返してくれたんだ」

「牧田くん、かっけえ」

「弟子入りしなよ」

「就職先決まっちゃったよ」

「順子なら絶対に気に入られるよ」

 私はいつの間にかいつも通り笑い合えていた。これが友達というものなのだろう。

 私がさゆりと友達になれて良かったと思ってるように、さゆりも私と友達になれて良かったと思っていたら良いな。

 大学にもうすぐ着くという時に、門のあたりにいる沖原くんが目に入った。珍しく今日は一人だった。

 ……彼はキャンパス内へと入っていく。

 きっと、さゆりにも彼が見えていたはずだ。

「私ね」

「うん」

 さゆりの静かな声に私はドキッと心臓が掴まれたような感覚になる。

「順子に隠していたことがあるの」

「うん」

「彼氏なんていないの」

 知ってたよ。さゆりが私にそう嘘をついているのなんて最初からずっと気付いていたよ。

「そっか」

 私は「さゆりも沖原くんのこと好きでしょ?」とは聞かずに、ただ彼女を責めないように相槌を打った。

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