60
「少女漫画は面白いでしょ」
島崎の声が聞こえてくる。
「あれは女のロマンが詰まっているからね」
「さゆりはその少女漫画を面白くなさそうに読んでいる子が好きなの?」
「うん、眉間に皺を寄せながら読んでるの。面白くなさそうに読んでるのに、ちゃんと真剣なんだ。それが愛おしくて。大好きだった」
「それが今の彼氏?」
さゆりは島崎のその言葉にフフッと寂しそうに笑って、首を横に振った。
「私のこと忘れたよ」
…………ああ、そういうことか。
さゆり、僕が君にカエル味の飴玉を食べさせるずっと前に、君は僕にカエル味の飴玉を食べさせたんだね。
「おい、沖原」
清一が目を見開いて僕の名前を呼んだ。僕はハッと彼へと視線を移す。
「なんで……、なんでお前、泣いてるんだよ」
僕はそう言われて初めて自分が泣いていることに気付いた。どうして涙が流れてくるのか分からなかった。ただ頬を伝う涙を僕は止めることができなかった。
清一は僕が母親の死で涙を流しているのだと思っているのだろう。……そういうことにしておこう。
さゆりの一言で感情が揺さぶられたなど知られてはいけない。
私のこと忘れたよ、という彼女の台詞に僕は一つの疑問が生まれた。
さゆりは僕の記憶がないはずなのに……。




