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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「ついた!」

 私はそう言って電車から勢いよく降りた。谷沢くんは私の後に続く。スクールバックを肩にかけて、私は谷沢くんの方を振り向く。

「この駅って、……海?」

「ご名答。ありきたりかな?」

「ううん、俺、海好きだから嬉しい」

 サボり先が海だなんてまさに王道な青春だと思う。けど、それが良い。

 誰が何と言おうと、この場所は私にとって大切な場所なのだ。姉との思い出が詰まっている。ついに上書きされる時が来たのだ。

 私たちは改札を出て、海の方へと歩く。灼熱の太陽の元、額に汗を滲ませながら私たちは他愛もない話をする。

「宮川さんって大人びてるよね」

「恵美が? そうかな?」

 宮川さんはきっと誰よりも大人だ。しかし、それをあまり周りに悟らせない。彼女は賢く生きていると思う。

「恵美は皆の憧れだからな」

「リーダーみたいな?」

「リーダーとはちょっと違うかも。なんて言うんだろう。……この子について行きたいって思わせるような魅力がある」

「分かるかも」

 キラキラ女子高校生の代表みたいな子なのに、決して馬鹿じゃない。

 そんなことを話しているうちに、気付けば海についていた。

ここだ。

 懐かしい景色と匂いに私は鞄を放り投げて胸のあたりまでの堤防へと上った。下はすぐ海だった。

 姉は「私は自由なの」と言ってよくここから飛び降りていた。映画のワンシーンのような光景だった。その時の姉の表情は全てから解放されたような爽快に覆われていた。

 きっと、姉は「姉」という役に疲れていたのかもしれない。両親を亡くして、私を育てるという重荷から逃げたかったのかも。なんの責任も背負わなくていい普通の女の子になりたかったのかもしれない。姉がカエル味の飴玉を舐めた理由を私は知らない。

 けど、ここを飛び降りる時の姉はただの女の子だった。

 当時の私はまだ怖くてただ飛び降りる姉を憧憬の眼差しで見つめることしかできなかった。

 今度は私が飛び降りる番だ。この海に飛び込めば、私は姉から解放されるのかもしれない。私を忘れた姉にいつまでも依存している。姉の存在を断ち切らなければならない。

「危ないよ」

 堤防の下から谷沢くんが心配そうに私を見ている。

 失った青春を今から取り戻そう。私は谷沢くんにニッと口の端を上げる。髪の毛を一つにまとめて、ポニーテールを作った。靴を脱ぎ、靴下を放り投げるようにして脱いだ。

 谷沢くんが私に「ちょっ!」と言ったのと同時に私は思い切り海へと飛び込んだ。

 恐怖は少しもなかった。大きな音を立てて、海へと沈む。水は私を包み込み、この世界で存在する人間は私だけなのかもと思う。

 加奈子も姉も、私を忘れたけど、彼女たちは変わっていない。私も変わっていない。この世界は何一つ変化していないのだ。

 ただ、私の世界が少し歪んだだけ。けど、視点を変えれば別にどうってことない。

 息を吐くと気泡がコポコポと水中に漂うシャボン玉のように出てくる。そろそろ谷沢君が心配するかもしれない。

 私は光の方へと向かう。上へと這い上がるように泳ぐ。水面から顔を出し、谷沢くんの方を向く。いつの間にかポニーテールは解けていた。

「まつりちゃん!」

 いつの間にか谷沢くんは堤防に上っていた。

「私、綺麗になったかな?」

 この海に飛び込んだからと言って、今までの私の汚点がなかったことにされるわけじゃない。けど、少しでも穢れがなくなったのだと思いたかった。

「うん、綺麗だよ、とても」

 私の質問に一呼吸置いてから、私をかつてないほど優しい目で見つめながら谷沢くんは笑った。

 水面が陽光で煌めいている。この煌めきの一部でなりたかった。

「飛んでみる?」

「……俺は飛べない」

 谷沢くんの表情が曇ったのが、ここからでも分かった。飛ばない、ではなくて、飛べない、なんだ。

「ここを飛べたまつりちゃんが羨ましくて眩しい」

 独り言のつもりだったのだろうけど、私は確かにそう聞いた。


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