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「加奈子」
私は彼女の名前を呼んだ。
「私たち、友達になれないと思う」
友達になれなかったから、加奈子はカエル味の飴玉を飲んだのだと思う。真相は分からない。私の記憶を失った以上、彼女から理由を聞くことはできない。
何を忘れたかったのかも明確になることはない。けど、私が加奈子と関わってきて思うことは、彼女が忘れたかったのは私に対しての恋愛感情だろう。私自体を忘れたかったわけではないと思う。
私に対しての恋愛感情で苦しんでいるのは察していた。けれど、それを私は受け止めなかった。……というより、向き合わなかった。
加奈子とは友情を優先してしまった。だからこそ、もう友達には戻らない。これが最善の策だ。
ずっと友達でいようね、は加奈子にとっては残酷な言葉だから。
「そっか」
彼女の表情は寂しさに覆われていた。その表情に私も寂しくなった。大切な友達を一人失ったのだから……。
お互い、過去に縋らず、新しい道を進んで行こう。
陳腐だけど、そんなことを思った。私と加奈子がその道の先でいつか出会うことがあるのなら、その時はその時だ。
「まつりは幸せ?」
「幸せだよ」
私は笑った。これは自嘲なんかじゃない。この世界をもう少し堪能しなければ、と思えるようになったのだから。
「私もそれが聞けて幸せ。記憶を失ったけど、まつりには幸せでいてほしい」
かつて加奈子と親しかった理由が、加奈子からのこの言葉に全て詰まっていた。
「じゃあ、行こっか」
加奈子は私に微笑む。
永遠の別れなどではない。また明日、学校に行けば加奈子がいる。友達から、ただのクラスメイトになるだけだ。
私は最後まで残しておいたチェリーを食べて、喫茶店を出た。私たちは別々の方向へと帰る。
「またね」
私がそう言うと、加奈子は「あ」と何かを思い出したようにポケットから紙を出した。
「これ」
私はそれが何か分からないまま受け取った。ノートの切れ端みたい……。
「じゃあ、また学校でね」
加奈子はそう言って、私に背を向けて歩いていく。
彼女の潔さに「加奈子らしい」と思った。加奈子と出会えたことは私の人生の宝物の一つとなる。
私は加奈子から渡された紙を広げた。
『私じゃまつりを救えないから、助けることができないから。だから、どうかまつりを幸せにしてくれる人が現れますように』
彼女の日記だったのだと思う。
カエル味の飴玉を食べて、私の記憶を失くなってしまったことは、私の名誉かもしれない。
私をそこまで想ってくれる人がいたのだと……。
私は小さくなっていく加奈子に向かって叫んだ。
「加奈子に幸あれ!」
彼女は足を止めなかった。ただ、右手を高くあげ、私にピースサインを送った。
それだけで充分だった。




