表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
44/78

44

 さゆりを愛する前から、僕はずっと十八歳になったら命を絶とうと考えていた。

 枯れた人生を早く終わらせたかったのだ。どれだけ考え方を変えようと思っても、僕にとって母親との生活は地獄だった。

 死にたいわけじゃない、ただ生きるのがあまりにも苦しかったのだ。野垂れ死ぬのも楽ではないと知り、十八歳まではなんとか生きておこうと思った。

 何一つ美しいと感じないこの世界に少しでも変化が起きるかもしれないという希望を微かに抱いて……。

 生まれた時からずっと母から自己否定されて、愛された記憶などほとんどなかった。そんな僕が誰かを愛せるはずがないと思っていた。

 それなのに、さゆりが現れて、愛するということを知ってしまった。彼女は僕の希望だった。

 岡峰さゆりという存在が明日を生きる糧となっていた。彼女と関わることで、僕の人生は潤った。

 だからこそ、さゆりのことに好きになればなるほど怖くなっていった。愛を知らない僕がこのまま彼女のことを上手く愛せるのか、と。 

 彼女に心を奪われ、死にたくないと思ってしまった。それが良いことなのか悪いことなのか分からなかった。

 自分が愛される価値のない空っぽの人間だということを知っていたからこそ、僕は彼女と離れなければならなかった。

 自ら命を絶つ。それが僕なりの自己表現だと思っていたから……。

 理解されなくていい。称えられるようなことでもない。ただ、それぐらい僕にとってこの世界は生きづらいものだったのだ。

 さゆりとの甘い恋に浸透して、自分を見失ってしまうことに恐怖を覚えた。その時、カエル味の飴玉の存在をどこからか風の便りで耳に挟んだ。

 ……思い出せ。思い出すんだ。

 僕は必死に半信半疑でハガキを送った時のことを思い出す。ボールペンを握り、僕は一体何を書いたんだ?

 ……住所。日本? 海外?

 それなのに、何一つ思い出せない。

 僕はふとコンピュータ―の画面に目を留めた。

「記憶を消すことができる飴玉があると聞きました。それってどこで入手するんですか……」

 僕は記載されている文章を読み上げ、そのサイトをクリックした。

 これだ。これは間違いなくカエル味の飴玉のことを聞いている。

質問者はどうしても消したい記憶があるようだ。それに対して、回答者は……。

 その飴玉を入手するのは簡単です、と一文目に書かれていた。

「ハガキに自分の住所を書き、宛名には、『井の中の蛙大海を知らず、されど、空の青さを知る』という言葉を書いて下さい。それをポストに入れるだけ。あら、不思議。家に魔法の飴玉が届きます……。ただし…………、失われた記憶は、二度と戻りません」

 僕は文章を読み上げながら、当時のことを少し思い出した。

 そうだ、相手の住所は書かなくて良かった……。どうしてそんなこと今まで忘れていたのだろう。

カエル味の飴玉を手に入れれば、その入手方法を忘れるように作られている、というのが不可解な点だ。

僕は、回答者の文章を更に下にスクロールした。注意、という文字が視界に入る。

「その飴玉を入手できることができるのは……、人生で、ただ一度きり」

 人生で一度きり……。

 僕はその一度をさゆりに使用した。別にもう一度使おうなんて微塵も思っていない。ただ、もう一度使用したらどうなるのだろう。

 質問者はどうやら僕と同じことを考えていたようだ。二度目を使ってしまうとどうなるのですか、と聞いている。回答は……。

「使用者は自分の記憶を全て失います。理由は分かりません。奇怪な出来事だと分かっています。カエル味の飴玉とネットに載せるとすぐに消されてしまいますし、もしかしたら、このサイトも消されてしまうかもしれません。ただ、私はこれ以上被害者が出てほしくない。私の父親はカエル味の飴玉によって、記憶を全て失いました……」

 このサイトが投稿された日付を確認する。二日前のものだった。

 ……記憶が全てなくなる。

 僕はそのことを想像すると、背筋に悪寒が走った。

 自分が築き上げてきたものが全て消えてしまうのだと思うと、この飴玉に改めて脅威を抱いた。

 死にたいと思っていたはずなのに、己のアイデンティティを失うことに恐れている。

 僕は、結局生きている。

 さゆりに僕を忘れさせて、僕はこの世から消え去ろうと思っていたのに……。今じゃ、能天気にこの世界で過ごしている。

 誰よりも想っていたからこそ、大事だったからこそ、僕のことなど忘れてほしかった。僕には勿体ないぐらいの愛を彼女から貰った。

 彼女は「愛している、という言葉では語れないぐらい私の感情は大きい」と僕に言ってくれた。その言葉を僕は抱きしめながら、あの時は生きていた。

 それぐらい愛に飢えていたのだと思う。

 本当の愛って、きっと言語化するには惜しいぐらいの想いがそこにある。

 さゆりに飴玉を飲ませた日、僕はその日で自分の人生に終止符を打とうと考えていた。

「そのはずだったのに……。母親のせいで……、僕は死ねなかった」

 僕は母に対する怒りを抑えながら、パソコンの電源を力強く切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ