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「えっと……」
あまりに唐突すぎて、返答に困ってしまう。
「もしかして、モンゴル返しができたさゆりの方がタイプだった?」
いや、そういうわけではない。
…というか、島崎順子は相当面白い女の子かもしれない。柔らかな雰囲気で、大人しい子だというイメージを勝手に抱いていた。
「琴、って名前は、琴線から来てる?」
琴線、そうきたか。この子は紛れもなくさゆりの友達だ……。
僕の存在が島崎の琴線に触れたのかもしれない。……っていうイタイ言葉を口に出そうかと思ったが、やめておいた。
「はずれ」
「教えてくれないんだね」
「いつか当ててみて」
一番面倒くさい返答をしておいた。決してあたるはずのない僕の名前の由来。今までも、これからも、誰にも教えることはない。
「というか、僕の何が好きなの?」
「存在に惹かれた」
「答えになってない」
少しふざけていた島崎が急に真剣な目で僕を捉えた。僕は彼女の視線から逃れられなかった。
「手の甲のほくろが牡羊座だったから」
ほくろがおひつじ座……?
僕はあまりにも想像していなかった回答に首を傾げてしまった。
島崎は僕の右手をギュッと握り、自分の方へと引き寄せた。人差し指から付け根から、手首までをゆっくりとなぞる。
「ほらここ、ほくろが四つ並んでる。牡羊座」
本当だ、と言えないほど僕は星座に詳しくない。というか、手の甲のほくろに牡羊座があって好きになるのもおかしな話だ。
「牡羊座なの?」
「そう、四月十七日生まれ」
「そうなんだ」
「来年は彼氏として祝ってね」
彼女が明るい声で楽しそうに笑う。
よく笑う子だ。この少しの間で彼女に抱いた印象はそれだった。
島崎順子という人間に少しだけ興味が湧いた。恋愛感情というよりも、人として気になる。
「考えとく」
「え~~、じゃあ、近々良い返事待ってるね」
「ポジティブだなぁ、振られるって選択肢は島崎の中でないのか」
清一が口を開く。島崎は「ないよ、そんな選択肢」と柔らかく微笑んだ。
その笑顔がとても魅力的だった。前言撤回。沢山の種類の笑みを持つ子、と印象が変わった。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くね」
島崎は席を立った。肩までかかっていた彼女のベージュカラーの髪がサラッと揺れた。
今、初めて、彼女の髪色がベージュだったことを認識した。
ブリーチ、何回したんだろう。
「あ、沖原が興味を持った」
ボソッと清一が呟いた。清一の僕に対する観察力には驚く。
興味がないと髪色など気にもとめない。こういうのが恋の始まりなのかもしれない。
さゆりも席を立つ。彼女の石鹸の香りが漂う。……五感全てが昔の記憶を思い出させる。
「あ、そうだ」
島崎は歩き出そうとして背を向けていたが、僕の方を振り向いた。
「沖原くん」
僕の名を丁寧に呼んでくれる。
「はい」
「恋愛は決断とタイミングだよ」
島崎の言葉が真っ直ぐ僕の心に突き刺さった。
恋愛はタイミングとよく言うけれど、そこに「決断」が加わった。この二つが恋愛の軸となると断言するのなら、僕は島崎に賛成だ。
「数えきれない選択肢から一つ選んだら、もう何も選べないから慎重にね」
それだけ言って、島崎はその場を去った。
早すぎてもダメで、かといって、手遅れになる可能性もある。そこに決断と言う己の意志が必要となる。
恋愛の本質を改めて気づかされたのかもしれない。
この短い時間で、島崎順子が人気な理由がいやというほど分かってしまった。
「沖原にとって正しい決断が見つかるといいな」
清一は最後に俺が残しておいた唐揚げを横取りして、口の中を頬張った。
普段なら、絶対に文句を言うが、僕は島崎順子と岡峰さゆりのことで頭がいっぱいだった。