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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「まつりちゃんとまつりちゃんのお姉さんをある日スーパーで見かけたんだ」

「……うん」

「最初からまつりちゃんのことは可愛い子だなって思ってたんだけど、その日、学校以外で初めて見て……、まつりちゃん、お姉ちゃんに夕飯どうするって聞いたんだ。そしたら、お姉さんがキムチ鍋を提案して……」

 彼はゆっくりとその日のことを話す。

 覚えている。姉が記憶をなくしてから、初めて私に辛い料理を提案した日だ。

「その時、まつりちゃん、優しく笑って『私、辛いの苦手なんだ』って……。笑ってたけど、今にも泣きそうだった。あんな切ない笑顔、見たことなかった。それが忘れられなくて。そこから気になり始めたんだ」

「私、そんなに泣きそうだった?」

 私はそう言って少し笑った。

 傍から見ても無理していると分かる笑顔をしていたのか、と。それなら、姉も気付いているはずだ。

「……うん。けど、あの時に、もしかしたらお姉さんはまつりちゃんのこと忘れているんだろうなって察したんだ。俺は、まつりちゃんのその強さが羨ましかった」

 私は「どうして自分だけがこんな辛い思いをするのだろう」と思っていた。けど、生きている限り、皆傷ついている。誰もが、こんなはずじゃなかったのに、と思っている。

 躓くことが多ければ、起き上がることが嫌になり、「どうせまた」とか「私なんか」が口癖になる。別にそれは悪いとは思わない。

「強さの中にある優しさに惹かれたんだ」

 私は谷沢くんの口から出たその言葉に喫茶店で会話をしていた大学生の言葉を思い出した。

 勉強すると、優しくなれる。

 加奈子はあの日、私に寄り添えるようになりたいと言っていた。……逆だ。私が加奈子に寄り添わなければならなかった。

「徹くん」

「ん?」

「消したい過去ってある?」

 私の質問に彼は少し黙り込む。

 傷ついて成長する、今の自分がいるのは過去があるから、そんな安い言葉は求めていない。

「……ないかな」

「良いことだね」

「まつりちゃんが俺を強くさせてくれたから」

 私は谷沢くんの真っ直ぐな瞳をただ見つめていた。濁りのない真っ直ぐな想いに、私が応えてもいいのだろうか。

 私は純粋とは程遠い人間だ。谷沢くんはそんな私でも愛してくれるのだろうか。

「少しだけ俺のこと信じてみて」

 谷沢くんは表情を崩した。

人に期待するな、と自分に言い聞かせていた洗脳が少しずつ解けていく。

  まつりが一番誰かに期待しているんだね、という加奈子の言葉を思い出す。 

加奈子、貴女は誰よりも私のことを知っていたのかもしれない。

私はその場に立ち上がり、谷沢くんを見下ろした。きょとんとした目を向ける彼から、もうほとんどいなくなってしまった夕日へと視線を移した。

 あと少し、頑張ろう。

「行ってくる」

 私も腹をくくって加奈子と向き合わなければならない。日が沈みきる前に学校を出よう。

「待ってるよ」

 谷沢くんは立ち上がりながらそう言った。

 どこに、じゃなくて、待っている、という言葉が出る谷沢くんが好きだ。帰るべき場所があるのだと思うと、私は躊躇うことなく前に進める。

「ありがとう、本当に」

 彼に向かって深く頭を下げた。言葉では表せないぐらいの感謝がある。ありがとう、だけじゃ足りないぐらい。

 私は彼に背を向け、歩き始める。

「まつりちゃん」

 私の名を呼ぶ彼に、足を止めて振り向いた。

「カエル味の飴玉を要らないって言った理由は何?」

「気になる?」

「うん、めちゃくちゃ気になる」

「素直だね」

「まつりちゃんのことは知りたいから」

 私は一呼吸置いた後に、口を開いた。

「孤独を愛せるようになったから」

 それが全てだった。

 その返答に谷沢くんは目を丸くした。ほんの数秒、瞬きもせずに私を見ていた。

  孤独は絶対に私の味方になってくれない。だから、愛するしかなかった。私は、姉も加奈子のことも絶対に忘れたりはしない。

  谷沢くんは顔を綻ばせ、よく通る声で私に叫んだ。

「岡峰まつりは最強だよ」

 私はその言葉に満面の笑みを浮かべた。

岡峰さゆりの妹。

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