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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 スカートのポケットからハンカチを取り出し、顔を拭きながら窓の外を見た。

 綺麗な残映。……夕日を見て綺麗だと思ったのはいつぶりだろう。夕日を好き、なんて言うと、青春好きだね、と言われるような気がして口にはしない。

 けど、私は自然の景色が好きだった。夜空に浮かぶ星々や、朝焼け、雲一つない蒼穹、まだ日が昇っていない薄っすら明るい雲も、そんな毎日必ず触れることのできる景色が好きだった。

 いつから、景色を見なくなったのだろう。

 眩しいな、と目を細めながら、茜色に染まる空を眺めた。

 おねえちゃん、私、もしかしたら、チェリーの乗ったクリームソーダになれたかも。

 姉が私を誰よりも大切に思ってくれていたという現実がこの上なく嬉しかった。それだけで、私は特別になれた。私の価値は姉がいて成り立っていた。

 自分の手が震えていることに気付く。抑えようと思っても、震えが止まらなかった。頬になにやら熱いものが伝う。

…………私、泣いてる?

 その場に立っていられなくなり、しゃがみ込み、とめどなく涙を流す。私の枯れた泣き声が静かな廊下に響く。

 姉に忘れられてから、一度も涙など流したことがなかった。涙腺が機能しなくなったと思うぐらい、私の目は枯れたと思っていたのに……。

 頑丈な壁が壊され、今までの溜めていた感情が押し寄せてくる。

「今までよく頑張ったね」

 温かい声だった。

「と、おる、くん」

 彼に視線を向けたのと同時に、ゆっくりと抱きしめられた。前みたいに強くなく、私を優しく包み込むようだった。

 私は谷沢くんをしがみつくようにして抱きしめ返した。

 少しだけ、私の生きている世界はましになった。モノクロの日常が、鮮やかさと煌めきを取り戻した気がする。

「俺さ、サッカー部は足を怪我してやめたんだ」

 私は彼の話を黙って聞いた。

「治ったんだけど、それでも復帰しなかった。戻ってこいって言われても、怖かったんだ。今まで期待されてきたのが息苦しくて、窮屈で仕方がなかった。サッカーは楽しいはずのものなのに、いつの間にか、楽しくなくなっていて、……見えない圧にずっと押し潰されていた。プレッシャーの扱い方が分からなかったんだ」

 期待されるのは良いことだ。けど、時にそれが怖くなる。

 その感情など周りには理解できないだろう。誰もが、期待されたくて必死なのだから。サッカー部の皆は谷沢くんに憧れて、谷沢くんになりたかったに違いない。

 だからこそ、谷沢くんは己の弱音を吐くわけにはいかなかった。誰にも理解されない孤独と付き合わなければならない。

 ……それは時に容赦なく自分の精神を蝕むことになる。

 谷沢くんは話を続けた。

「だから、怪我をした時、めちゃくちゃ悔しかったけど、少しだけホッとした自分がいた。あの世界から抜けることができるかもしれないって。今思えば、なんて未熟な考えだって思うよ。俺さ、弱い人間なんだよ。……まつりちゃんが羨ましかった」

 え、と私は声を出す。

 私が羨ましい? 

 私は谷沢くんからそっと手を離して、彼と向かい合わせになった。彼の双眸に私の顔が映った。……もう私は泣き止んでいた。


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