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私はその言葉にハッと我に返った。
保健室で谷沢くんと少し話した後、彼を教室に戻して、私は授業が終わるまで保健室で休んでいた。尾形先生は「好きなだけ休憩しなさい」と言ってくれたおかげで私はぐっすりと眠った。気力と体力を回復するために、無理やり睡眠をとった。
そして、今、私は昨日のカラオケメンバーたちと一緒に教室に残っている。
放課後、私はもう一度、ここに戻って来たのだ。本当は教室に足を運びたくなかったが、今日中に現実を受け止めておかなければ、明日から学校に来ることができない気がした。
何があったのか、頭の中で整理しようと教室に着くなり、宮川さんに声を掛けられ、いつの間にか加奈子の記憶がどうしてなくなったのか会議に参加させられていた。
「……今、なんて?」
私は擦れた声で、宮川さんを見つめた。どうして、彼女の口からその言葉が……。
なにそれ~、と私以外の皆は笑っている。
「カエル味ってきもくね?」
谷沢くんの隣で金髪の男の子が半笑いする。
「記憶を消してくれる飴玉だよ」
宮川さんは笑われていることを気にする様子もなくそう言うと、またゲラゲラと笑いが起きる。ここにいる誰一人、彼女の言葉を信じていない。……私以外は。
「加奈子はきっとそれを口にしたんじゃないかな」
宮川さんの真剣な声に、少しずつ笑いが収まっていく。彼女がふざけていないと分かったのだろう。
「まって、恵美、本気でそんな飴があると思ってるの?」
莉子が疑いの目で宮川さんを見る。宮川さんは確かな声で「あるよ」と返した。
「まつりん」
宮川さんの視線が私へと移る。その静かな声に私は「はい」と彼女と目を合わせる。冷静さと不安が混合したその瞳に心臓の音が大きくなる。
「加奈子はそれを飲んだんだよ」
「…………加奈子は私の記憶を消したかったってこと?」
「カエル味の飴玉の噂、知ってる?」
「少しだけ」
加奈子から聞いたとは言わなかった。
「どんな噂?」
「自分の一番消したい記憶を消せるって飴玉なんだよね?」
「そんな都合の良い飴玉なんかじゃない」
宮川さんは強く私の言葉を否定した。私はその口調にビクッと思わず体を震わせてしまう。空気が少し張り詰めて、私が話を続けるのを待った。
「あれは、皆を不幸にする」
「どういうこと?」
「自分の最愛の人を忘れる飴玉」
「最愛の人を忘れる……」
私は宮川さんの言葉を理解出来ないまま、彼女が言った言葉をそのまま口にした。
「そう。最も愛している人を忘れちゃうの。加奈子、まつりんのこと、好きだったんでしょ。……まつりんは知ってたの?」
…………知っていた。
ただ、私は彼女とは良い友達であって、そこに恋愛感情は一切なかった。だから、ずっと気付かないふりをしていたし、誤魔化してきた。
ずっと、仲の良い大切な友達でいときたかったから。
昔、彼女から「もし私が男だったら、私のことを好きになっていた?」と聞かれたことがある。軽い冗談話でそう言っているのだと思っていた。だから、私もその冗談に乗ったのだ。




