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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 まさかセネカに感化されているとは想像もしていなかった。流石清一の彼女。……元彼女か。

 いや、と清一は小さな声を発して、話を続けた。

「泣かなかったよ、あいつ。最後まで絶対に涙一つ見せなかった」

 驚いた。沙知が僕の中で間接的に良い方へと評価されていく。もはや、彼女の嫉妬深さも、清一への愛情が強かったと思うと、可愛らしく思えてきた。

良い女だね、と言うと、清一は、ああ、と頷く。

「沙知は良い女だったよ」

 どこか懐かしそうな表情を浮かべる清一を見ながら、彼は彼なりに沙知のことを好きだったのだと分かった。

「お前も島崎にそう言われないように気を付けろよ」

「うん、分かってる」

 僕がそう言ったのを確認した後に、清一は「シーア派」と大きな声を出した。

 イスラム教のスンニ派とシーア派、イランはどちらの方が多いか、という教授が皆に問いかけていた。

 よく、この会話中に授業を聞いていたな、と感心する。

「聖徳太子?」

「実はそう」

「……清一って凄いよな」

「どこが?」

「大学生っぽいのに、意外と大学生っぽくないもん」

「それって褒められてる?」

 訝し気に僕を見る清一に「どうだろう」と含みある笑みで返した。

 僕らは知らない間に「大人」になっていく。いつまでも子どものままでいたいとピーターパン症候群という言葉を乱用して子どものふりをしているだけ。

 社会に出て、多種多様な価値観に触れ、自分の頭で思考をまとめて、気付けば、この世界の倫理観や道徳を守っている。

「信仰する宗教が自由なように、恋愛も自由で良い。お前がしたいようにすれば? 純粋に自分の心に従うのもアリじゃね?」

 そんな風に恋愛出来れば楽だ。子どもなら、そうしている。感情のままに動いても、「子どもだから」とあまり咎められない。

「自由が不自由なんだよ」

 この歳になってよく聞く台詞をそのまま発言する。まさにその通りだと思う。自由が動きを制限させているような感覚。

 決められた選択肢がある方がずっと楽だ。生きやすい。

「俺は選択肢がいっぱいあるのは良いことだと思うけどな。自由は自由だよ。周りの環境が、とかは言い訳だろ。楽な道を選ぶのは誰だってできる。お前はどうしたいんだよ」

 さっきまでなんとなく耳に入ってきていた教授の声が消えた。

 俺はどうしたいか……。

俺の意志だけで動くと、きっと、誰も幸せにならない。

  また、さゆりを傷つけることになる。島崎も……。そんな未来は望んでいない。俺はさゆりから自分を消した。それが俺の戦いだった。

  もう戦いは終わったのだ。

「偉そうなこと言ってるけど、清一も矛盾してるよ」

「俺が?」

「戦わないって言ってたのに、カエル味の飴玉の呪いを解く方法を一緒に探そうって言ってきてるし、実際入学式の時もあんなでっかいカエルを持ってまで呪い解こうと戦ってたじゃないか」

「そう言えば、そんな話もしてたなぁ」

 清一は過去の記憶を思い出すように呟く。

 結構最近の話なんだけどな……。急な老化はやめてくれ。

 あの時、カエル味の呪いを解く勢いはどこに行ったんだ。……俺もあの日「乗った」なんて言ってしまった。

 乗る、ということは、さゆりを諦めないということになる。

 この愚かな矛盾に我ながら要領が悪いなと思う。器用に感情を操ることができたら、どれだけ楽なのだろう。

「俺は、今日、戦いに負けたんだよ」

 清一の口から零れたその言葉があまりにも悲愴に包まれていて、俺は何も言えなかった。


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