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僕らはラーメン屋を出て、大学へと向かう。
清一と同じ授業が午後から一つある。後ろの席はほとんど埋まっていて、真ん中の席に座る。
大教室だから、授業中に何をしていてもバレない。といういか、何かしていたとしても、教授がそれを咎めることはない。大学とはそういうところだ。自らの意志で学問をする場所。高校生のように強制的に勉強をするところではない。
「沖原はさ、男女の友情信じるタイプ?」
「ん~~」
僕は筆記用具を出しながら、少しだけ考えた。
「信じないかも。……清一は?」
「俺も」
「お互いに全く性的魅力を感じなかったら成り立つのかもしれないけど」
「どっちかが持ったら終わりだからな」
「なんで?」
清一は暫く黙り込んだ。今日の清一には少しおかしい。いつものおふざけモードじゃない。
授業の時間になり、教授が教室へと入ってくる。授業が始まるのに、大教室はいつまでも騒がしいままだ。一番前にいる数人だけが教授の話を聞いている。
僕はぼんやりと教授の話を聞いていた。世界三大宗教のイスラム教について深く掘り下げていくようだ。前回はキリスト教だった。
宗教は、人間が生み出した過大な自己陶酔の塊だと思っている。それに浸透して、救われる……、結局人間が人間を救っている構造だ。
ひねくれた考えかもしれないが、もし神が存在するのなら、僕はとっくに母から解放されているはずだ。
「お前、さゆりと会わなければ良かったと思ってるだろ?」
授業から一瞬で清一の声へと意識が向く。
え、と僕は目を見開いたまま彼を見た。
彼は僕がさゆりにカエル味の飴玉を食べさせたということに気付いている。
彼の僕を見透かすような目が苦手だ。きっと、清一は僕が半端な気持ちで順子と付き合ったのだと思っているのかもしれない。
僕がなにも言えずにいると、彼は言葉を続けた。
「不運はかえって愛の火を煽るもの」
「……もしかして、セネカ?」
「ご名答、セネカです。沙知の受け売りです」
セネカの言葉を頭の中でもう一度繰り返す
……さゆりに再会したのは不運だったのだろうか。
「もしかしたら、手に入るかも、なんて思ってしまうんだよな……」
まるで自分の話かのように清一は話す。清一も同じ境遇にいるからこそ共感できるのだろう。
カエル味の飴玉で僕らの人生が振り回されている。
「沖原琴くん」
「はい」
丁寧にフルネームで僕の名を呼ぶ清一に僕も良い返事で応える。
「もう一つセネカの良い言葉を教えてやろう」
「なんでしょう」
「戦いへの恐怖こそは、戦いよりも悪しきものだ」
「……つまり、俺に戦えと?」
「いや、逃げるのが正解と思うなら逃げたって良い」
けど、戦うことを恐れるな、ということか。
……今更、戦って何になる。僕は一度さゆりを手放したのだ。また取り戻そうなんて、許されるはずがない。
この不運は僕にとって、ただの不運でしかなかった。そう思わなければならない。愛の火を煽らせてたまるか。
「清一は?」
「俺?」
「清一は戦うの?」
まさか僕からそんな質問が来ると思っていなかったのか、清一は固まる。一呼吸置いてから、「戦わないよ」とにこやかに笑う。




