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意外だった。沙知から振ることはないだろうと勝手に思っていた。それぐらい沙知は清一に一途だったし、尽くしていた。
沙知の嫉妬で別れた、と言われる方が現実味がある。
「沙知からセネカの言葉聞きすぎて、俺、セネカになれそうだよ」
「セネカになった暁には、ネロ帝を更生してくれ」
「まかせろ」
本当に清一は沙知と別れたことを少しも悲しんでいないように見えた。未練もなく、もはや清々しいぐらいに明るい。
「……俺は不純なんだって」
清一は苦笑しながらそう言った。
不純、という言葉に僕は少しだけ敏感になっていた。さゆりのことを完全に吹っ切れていないまま、島崎と付き合った自分に対しての言葉のように感じる。
「沙知に言われた?」
「ザッツライト。私がいながら、他の女の子を可愛いって言うのが嫌とか。他の女の子と連絡とるのも嫌がってたし……。まぁ、俺も一度も遊んでないかって言われたら否定できないからなんとも言えねえけどさ」
「おい」
僕には島崎との交際を本気なのかと真剣に問いてきたのに、清一は本気で沙知と付き合っていなかったのか。
結構、沙知のこと大切にしていたように見えたんだけどな……。カップル間の問題なんて傍から見ているだけでは分からない。
「ワンナイトなんて風俗と一緒だろ」
「最低」
僕が睨むと、清一は軽く笑う。まさに「男子大学生」の代表。清一に女の子が寄ってくるのは理解できる。
「けどさ、俺、沙知のこと好きだったよ。いつも不安にさせちゃってたけど……。けど、皆そうじゃね?」
開き直るな、と言いたかったが、否定できない。
結局、皆人間なのだ。その醜い人間臭さを含めて僕は人間が好きだった。清一がどれだけ遊んでようとも彼を嫌いになることはない。
僕を嫌悪している母のことも別に嫌いではない……と思う。この不確かな感情ですら、僕は人間なのだと思い知らされる。
「心のどっかで誰かを想っているなんてざらにある。この世の全員不器用なんだよ。浮気性というより、感情は変わりゆくものだから仕方がない。……仕方がない、なんて言葉で済ますと怒られるのかもしれねえけど」
「感情は変わりゆくものだけど、変わらない感情も確かにそこにある」
きっと、僕と清一は似ている。そんな気がした。
ずっと忘れられない人物に囚われている。それを不純と言うのだろうか……。
「純情ばっかりじゃないけど、この世は愛に溢れているのかもな」
清一の言葉に「そうだったらいいね」と呟く。
僕が想像しているよりも世界は愛に包まれているのかもしれない。愛を可視化することができたらどうなるのだろう。
もしかしたら、僕が空っぽだとバレてしまうかもしれない。愛情を注がれなかった男だと露呈されることになる。
「沙知は不純だった俺も愛してくれていたから」
そう言い切れるぐらい愛情を貰っていた清一が羨ましかった。




