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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「順子と付き合った」

 僕は豚骨ラーメンを勢いよく啜る清一に向かってそう言った。その瞬間、清一はむせて、苦しそうに胸をドンドンッと拳で叩く。

 僕はそんな彼を無視して、煮卵を口に運ぶ。しっかり味がしみ込んでいて美味しい。

「聞いてない」

 驚きの目を僕に向ける清一に僕は「今言った」と返す。彼の驚くリアクションを直接見たかった。

「すぐに連絡しろよ」

 そう言って、清一は呼吸を整えて水を口に含む。

 ……一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、彼は傷ついたような悲しげ目をした。

 その意味が分からなかった。僕が連絡をしなかったことに傷ついたのか、それとも……。

「おめでとう。これで晴れてお前もリア充か」

 彼の陽気な声で僕の考えごとは中断された。

「別にリア充になりたかったわけじゃないけど……」

「おいおい、あんな可愛い子を手に入れといてよく言うよ」

「サークルの男どもに睨まれそう」

 清一はハハッと声出して笑う。それから、真剣な顔つきで僕を見た。射貫くようなその瞳に僕は目を逸らしたくなった。

「ちゃんと好きなんだよな?」

 低く重い声。不純な感情で動くな、と僕に釘を刺しているように思えた。

「うん、もちろん」

 少しだけ偽りがまざりつつ、僕はそう答えた。そう答えるしかなかった。

 適当な想いで島崎と付き合ったというと、彼の逆鱗に触れてしまいそうだった。

 自分の恋愛事情にはいつもふざけているのに、僕の恋愛事情に関しては干渉する。不思議に思いながらも僕は彼に話題を振った。

「沙知とは? うまくいってるの?」

 僕は器を持ち上げて、ラーメンの汁を飲み干す。……ああ、美味い。

「別れた」

 今度は僕がむせた。

 え、と器を机に置き、清一の方を見る。彼は沙知との別れを特に気にする様子もない。

「すぐに連絡しろよ」

 さっき言われた台詞をそのまま返す。 

 理由を聞くべきか迷ったが、清一が話してくれるのを僕は待った。清一は食べきったラーメンの器にお箸を置いて、もう一度水を飲む。

「は~~、うまかった~~」

ラーメンの余韻に浸る清一に「だな」と頷く。

「…………セネカって知ってるか?」

 これまた違うベクトルに話題が変わった。僕はてっきり今から沙知の話をするのかと思っていた。

「セネカって……ネロ帝の師?」

 唐突なローマの古き哲学者の名前が出てきた。

 訳が分からないが、僕は清一の話を聞くことにした。とりあえず、今のところは話についていけている……と思いたい。

「そうそう、ローマを焼け野原にした暴君の家庭教師」

「それで、そのセネカがどうしたんだ?」

 まるでセネカを友達のように話す。本来なら、セネカではなく沙知の話をしているはずなのだが……。

「沙知、セネカが好きなんだ」

「う、ん?」

沙知はセネカに恋をしているという解釈で良いのか? もしそうなら、よほどの好事家だ。

「だから、振られた?」

「そう。……なわけないだろ。ちげえよ。沙知がさ、いつもセネカの言葉を俺に言うんだよ」

「セネカの格言を覚えているぐらいセネカ好きなんだ」

 生まれて初めてセネカ好きに会った。少しだけ沙知と話してみたいと思う。数多くいる歴史上の人物の中でセネカを選ぶとは、センスがあるかもしれない。

「セネカの言葉が原因でお別れだよ。死者に負けるなんぞ、悔しいね」

 清一は全く悔しくなさそうにしながらそう言っている。

「は?」

 また清一の冗談だ。僕は眉をひそめながら「清一が振られたのか?」と聞く。そうだよ、と清一は首を縦に振った。


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