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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 尾形先生はもう一度カーテンを閉めなおし、さっきまで谷沢くんが座っていた椅子に腰を下ろす。私は体を起こし、座った姿勢をとった。

「愛されてるね、谷沢に」

 カーテン越しの奥にいる谷沢くんに聞かれないよう、静かに小さな声で尾形先生はそう言った。

 体調のことを聞かれるのかと思っていたから、私は「あ、の」と戸惑ってしまう。

「授業はどうするのって聞いたらさ、俺も体調にして下さい、お願いします、自分にはそれぐらいしかできないからって頭下げてさ」

 尾形先生は口の端を軽く上げて笑った。青春だねぇ、と呟く。

 無意識に涙が零れ落ちそうになった。もう精神崩壊直前だった。……いや、ずっと前から精神は壊れていた。

 小学生の姉に忘れられたあの日からずっと……。苦しみや悲しみを失くすように、自分の気持ちに嘘をついて、必死に感情を押し込めていた。脆く小さな箱にボロボロになった心を押し込めていた。

 何をしても満たされない心はどんどん箱から出たがり、今その箱が壊れかけている。

「私はさ、仮病を装ってまで教室にいたくない事情があるのなら、保健室に逃げればいいって思っている人間だからさ、谷沢も許してるわけ」

「駆け込み寺てきな」

「そう、まさにそんな感じ」

 尾形先生は私を指差して同意する。

彼女は私に「何があったの?」なんて聞いてこない。私から事情を言わない限り、何も探ってこないのだろう。

「貧血です」

 私は嘘をつく。

 心を潰されたんです、とは言えない。

 一番消したい記憶を消してくれるカエル味の飴玉を加奈子が食べたというのなら、私はその現実を受け入れるしかない。

 加奈子の消したい記憶は私だったのだと……。

 そう思うと、また気分が悪くなってきた。

「生理?」

「……いえ」

「まだ具合悪そうだけど、水でも飲む?」

「いえ」

 失礼な態度を取っているのは分かっているが、今は他人に気を遣う余裕がないほど自分のことで精一杯だった。

「好きなだけここにいていいから」

「……ありがとうございます」

「谷沢呼んでくるわ」

尾形先生は去って行った。

 今になって尾形先生の良さを知る。

 先生の中で一番信頼できるのは尾形先生だと耳にしたことがあるが、それは本当かもしれない。今まで先生なんて全員同じだと思っていたけれど、違う。

  彼女が生徒ととる距離感は居心地が良い。

「がっちゃんと何話してたの?」

 またカーテンが開き、谷沢くんが入ってくる。

「体調の確認だけ」

彼は「そっか」と言いながら、椅子に座った。

何を離せばいいのか分からない。とりあえず、お礼を言わないと……。私が口を開こうとした瞬間、谷沢くんが私に頭を下げた。

「ごめん」

 ……ごめん?

 どうして私が謝られているんだろう。状況が掴めない。この謝罪は何の謝罪?

「俺、あの時、心配になって、もう一回ドリンクバーに戻ったんだ」

 あの時、は、カラオケに行った時のことか……。

 私はその言葉で全てを理解した。

 谷沢くんは私が清一に話した内容を全て聞いていたのだろう。

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